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秋をみつけた2  (发现秋天2)
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4.見つけた日:2002年10月17日(水曜日)
  見つけたところ:学校の池
  見つけたもの:コスモス
  学校の池のちかくに、最近コスモスというきれいな花が咲いていました。僕はここで秋をみつけました。なぜなら、コスモスが秋のさくらともよばれているのを知っているからです。
4. 发现的日期∶10月17日(星期三)
   发现的地点∶小学的小池旁
   发现的东西∶コスモス(大波斯菊)
   小学的小池旁最近开了很多漂亮的“コスモス”,我在这里发现了秋天。因为我知道“コスモス”的汉字写“秋樱”。



5.見つけた日:2002年10月18日(木曜日)
  見つけたところ:玄関
  見つけたもの:ママの洋服
 けさ、ママが仕事ででかけたときに、僕はまだ起きていませんでした。夕方ママが帰ってきたときに、僕がドアをあけたら、もみじいろのセーターに茶色のスカートのママをみて、秋がかえってきたような感じがしました。
5. 发现的日期∶10月18日(星期四)
   发现的地点∶门口
发现的东西∶妈妈的衣服
早上妈妈去上班时,我还没起床。晚上妈妈下班时,我快跑去开门。打开门一看,妈妈穿着红叶色的毛衣和咖啡色的裙子。我觉得好像是秋天回来了。



6.見つけた日:2002年10月19日(金曜日)
  見つけたところ:うち
  見つけたもの:パパの手
 パパの仕事は水仕事です、最近パパの手が少しざらざらになってきました。僕はパパの手で秋のきびしさを感じました。パパはこのきびしさの中で、この大きな手で僕を暖かく育ててくれました。
6. 发现的日期∶10月19日(星期五)
   发现的地点∶我家
   发现的东西∶爸爸的手
  爸爸的工作是沾水的工作,爸爸的手最近有点粗粗糙糙,我在爸爸的手上感到了秋天的艰苦。爸爸就是在这样的艰苦中努力,用这双温暖的大手把我养大。



 僕はまだつづけて秋を見つけています。
  我还在不断地寻找和发现……
2002年10月20日
小象(8歳)
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# by tubomim | 2002-10-22 00:09 | 2002年 | Comments(22)
一人の落ちこぼれも出してはならない(一个不能少)
 10月9日体育の日、健康、運動についての文章を少しUPさせていただきます。
  10月9日是日本的国民公休日「体育节」,在这里贴几篇关于健康、运动的文章。
 息子は頭が良く、勉強はよくできるが、体は鈍く、運動は特に苦手だ。小さい頃から、ブランコ、鉄棒、自転車、なわとびなど何一つできなかった。去年、自転車に乗る練習をしていて、4針縫うけがもしたが、結局乗れるようにはならなかった。
  儿子的脑子灵,学习好,可身体笨,运动特别不好。从小打秋千、上单杠、骑车、跳绳样样都学不会。去年为练骑车还去医院缝了4针,结果还是没学会。
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ハンドルを握るとこの緊張した顔になる、補助輪がついているのよ。
一捏手把就变成这幅紧张的小脸,其实自行车两边都带着扶助轮呢。

 今年はさらに煩わしい出来事があった。全校でクラスごとのなわとび大会が開催されたからだ。息子は一人でクラス全体の足を引っ張った。個人跳びは、前回しも後ろ回しもできない。集団跳びは、息子に順番が回ってくるたびにつかえてしまう。皆の意見で息子は縄を回す役になったが、残念なことに、息子は足が不器用なだけでなく、手も不器用だ。それから、息子はもっぱら声援を送る役をさせられることになった。これは息子が得意とするところだったが、先生は言った。「一人の落ちこぼれも出してはならない。」
  今年遇到了更大的麻烦,因为全校举行班级的跳绳比赛大会。他一个人拖了全班的后腿,单跳正反一个都过不去,集体跳只要轮到他就数不下去。大家出主意让他负责抡绳,可惜儿子不光脚笨,手也笨。又让他专管助威呐喊,这可是儿子的强项,但老师说:“一个也不能少”。

 そこで、学校では先生が息子の練習を指導し、放課後は友達と一緒に公園で練習した。私までが、とっくに固まってしまっている全身の筋骨を奮い起こして、息子と一緒に庭で練習した。なわとびの縄だけでも3本が練習によって切れたが、息子はやはり跳べるようにはならなかった。私はしかたなく「先生、どうしてもだめだったら、当日は風邪を引かせましょうか。」と連絡帳に書いた。しかし、息子は特に悲観せず、日記にこう書いた。「僕はまだ跳べないけれど、みんなが『小象君、跳んで!』と言うのを聞くと、体中に力が湧いて来る。いつかはわからないけれど、きっとみんなと一緒に跳べるようになる。」
  于是,在学校老师指导他练,下学后和小朋友们一起到公园去练,连我也抖落起一身早已僵硬的筋骨陪着儿子在院子里练,光跳绳就练断了3根,可儿子还是一个过不去。我无奈地在联系本上写道:“老师,实在不行,那天就让他感冒吧”。然而,儿子并不悲观,他在日记里是这样写的:“虽然我还不会跳,但我一听到大家喊:小象君,跳! 我就浑身来劲儿,哪一天我还不知道,但我一定会和大家一起跳。”

 大会の日がやって来た。息子はやはり跳べるようになっていなかったが、上機嫌で身支度をすると出かけて行った。さらに、出かける前に、必ず見に来るようにと私に言った。私は息子を慰めるつもりで出かけて行き、遠い場所に隠れて見ていた。息子のクラスの集団跳びの順番がやって来た。息子の前後に並んでいる友達は、息子と肩をたたき合ったり、握手をしたりしていた。息子に順番が回って来た。ふと見ると、後ろの友達がそっと彼を押し、みなが「小象、行って!」と叫んでいた。私は本能的に目をつぶった。絶対にその後に悲惨な場面がやって来るとわかっていたからだ。野球でホームランが出た時のような歓声がどっと沸き起こるのが聞こえた。まさか奇跡が起ったのだろうか。そんなはずはない。昨夜だって跳べなかったのに。ふと見ると、息子はすでに列に戻り、友達の後ろに並んで、興奮した様子で手を挙げ、私にOKのサインを送ってよこした。今度は、私は目を見開いて、じっと見た。そしてはっきりと見たのだ。息子は大胆に突き進んで行き、縄を跳ばずにうまく走り抜けて来た。同時に、私は隣のクラスの車椅子に乗った手足のなえた女の子が皆と一緒に列に並び、先生に車椅子を押されて突き進んで行くのを見た。校庭の内外、いたるところで拍手が起きた。これが「一人の落ちこぼれも出してはならない」ということなのだ。
  比赛的日子到了,儿子还是一个不会跳。但他兴高采烈地打扮好出发了,出门前还嘱咐我一定要去看。我就抱着准备安慰儿子的心情去了,躲在远远地看。轮到他们班的集体跳了,排在儿子前后的小朋友跟他又拍肩又握手,轮到儿子跳了,只见后面的小朋友轻轻地推了他一把,就听大家喊:“小象,上!”。我本能地闭上了眼,因为我知道那后面一定是惨不忍睹。我就听到象棒球打出了本垒打似的,爆发出了一片欢呼声。难道奇迹发生了?不可能,昨晚他还不会跳。只见儿子已经回到队里排在小朋友的后面,兴奋地向我举手示意OK。这次我瞪大了眼睛定睛看,看清楚了,儿子大胆地冲上去,并没跳,又顺利地冲出来了。同时我还看到隔壁那个班,有位坐在轮椅上手脚耷拉的小女孩和大家一起排队,由老师推着冲了过去,全场内外掌声四起。这就叫“一个不能少”。

 大会の後も、息子はみなと毎日なわとびの練習を続けた。ついにある日、息子は学校から帰ると、興奮した様子で連絡帳を取り出して私に見せた。そこには、「小象君、おめでとう。とうとう跳べるようになったね。」という先生の言葉があった。その夜、私たちは息子を十分に祝ってやった。その後、連絡帳に絶えず新しい記録が書かれていった。「1回、2回、3回…。前回し37回、後回し3回。」期末の保護者会で、このことを話すと、なんと他の子の保護者も皆知っていて、このことを喜んでいた。なぜなら、子供たちは学校から帰ってから、どうしたら私の息子が皆と一緒に跳べるようになるかをしょっちゅう両親と相談していたからだ。私は息子のなわとびについては、とっくに匙を投げていたのに、息子はみなの力で跳べるようになったのだ。
  比赛大会后,儿子继续和大家每天练跳绳。终于有一天儿子下学进门就兴奋地掏出联系本给我看。老师写到:“祝贺你,小象君!终于跳起来了!”这天晚上我们好好给儿子庆祝了一番。之后联系本上的记录不断更新, “1个、2个、3个……正跳37个,反跳3个”。期末家长会上,说起这事,原来别的小朋友的家长也都知道,都在为此高兴呢,因为他们的孩子回家后经常和家长商量,怎样才能让我儿子和大家一起跳。对跳绳我早已不抱希望的儿子是大家的力量让他跳起来了。

 日本人は団体活動を得意とし、集団精神を重んずると言われる。息子が通っていた日本の保育園や小学校の運動会には個人競技の種目が全くなく、集団競技の種目しかなかったことを思い出した。
  都说日本人擅长集体活动,讲究团队精神。我想起了儿子参加的日本保育园、小学的运动会就根本没有过个人比赛项目,只有集体项目。
2002年5月4日

# by tubomim | 2002-05-04 22:44 | 2002年 | Comments(55)
興部町の牛飼い1(兴部町的养牛人1)
 2002年に書いた北海道で仕事する時の記事をUPさせていただきます。
  贴一篇2002年到北海道工作时的文章。
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 今回の私の仕事は、中国国内のある乳業グループの管理職に随行して原料乳の品質管理の研修のために北海道の「興部町」に行くことだった。「興部町」という町名は、漢字に精通した中国人にとっては、決して分かりにくいものではないようである。きっと部落が栄えるという意味なのだろう。しかし、日本では、その意味だけでなく、その存在ですらほとんど知られていない。インターネットでさんざん検索して、ついに北海道東北部のオホーツク海に面した海岸にアイヌによって「興部町」と呼ばれたこの小さな町を見つけた。「河川がここで合流して茫々たる大海原に注ぎ込む」という意味である。
  这次我的工作是陪同国内某乳业集团的一位管理干部去北海道的“兴部町”研修原料乳的质量管理。“兴部町”对于精通汉字的中国人来讲,似乎并不费解,那一定是部落兴旺的意思吧。然而在日本,不仅是它的意思,就连它的存在也鲜为人知。网上检索了半天,终于在北海道的东北部鄂霍滋克海岸发现了这个被阿伊努人称之为“兴部町”日语读作:“おこっぺ”的小镇。意为河流在这里汇合注入了茫茫大海。

 私たち2人は北海道の札幌から2時間余り特急列車に乗り、さらにバスに乗り換えて2時間近くたってから、ようやく「興部町」に到着した。道中、ほとんど人を見かけなかった。ペンションに入り、荷物を下ろすと、自転車に乗ってまず海辺に行った。その後、町に行って一回りしても、人の姿を見かけなかった。人は皆どこへ行ってしまったのだろうか。
  我们2人从北海道的札幌坐了2个多小时的特快列车,又换乘了将近2个小时的汽车,终于到达了“兴部町”。一路上没看到几个人,住进小店,放下行囊,骑车先到海边,又到镇上转了一圈也没看见人影。人都到哪里去了呢?

  翌日、農協で、この周囲36,241ヘクタールの土地に居住する世帯はわずか2000戸にも満たず、人口も合計4000人前後にすぎないのだということを知った。前の年寄り世代は年老いて家におり、後の若い世代は農業をやめて、都会に行ってしまうので、「興部町」は見たところ「人手不足」のようだ。しかし、決して農家に後継人がいないわけではない。ここには、人の数よりずっと多い、総数12,400頭余りの牛が飼われており、牛を飼うためには、結局やはり牛飼いに頼らなければならないのだということを知っておくべきだ。
  第二天,在农协我们了解到,在这方圆36,241公顷的土地上,只住着不到2000户人家,总共4000来口人。上辈的年迈在家,下辈的弃农进城,所以,“兴部町”看起来似乎“丁不兴”,但农家也决非后继无人。要知道,这里的牛可远比人多,共有12,400多头,毕竟养牛还得靠养牛人。

 私たちが研修をした最初の農家であるF.W家には、子牛のようにがっしりとした体格の太った少年がいた。家族の中でたった一人の男の子で、名前をO.Kといい、今年わずか13歳だ。毎日夕方になると、歌いながら働き、時折指パッチを鳴らしながら、お尻を2、3回振る活発でかわいい彼の姿が牛舎で見られる。彼は牛に比べればはるかに小さいが、大きな牛でも従順になるほど上手に世話をすることができる。彼は明らかにもう一人前の養牛の達人になっていた。休息をとるとき、彼は親切にも真っ赤なイチゴを持ってきて、お客にご馳走してくれたり、彼の黒光りする小猫を抱えてきて、私たちに披露してくれたりした。彼はうつむいてお気に入りの小猫をなでていたかと思うと、頭を挙げて養牛のコツを伝授してくれた。将来、彼に家業を継がせるつもりなのかという問いに、「小さい頃からここで手伝いをさせてきたが、大きくなったらここにいたがるかどうかわからない」と彼の父親は答えた。夕日が木枠の窓から牛舎に射しこみ、その一抹の光の中で、O.Kはちょうど牛と仲睦まじく遊んでいる。
  我们研修的第一家农户F.W家就有个壮如牛犊的胖小子,家里的老小,唯一的男孩,名叫O.K,今年只有13岁。每天傍晚都会在牛舍看到他边唱边干,时不时打几个榧子,扭两下屁股的活泼可爱的身影。别看他长得远没有牛高,却能把个大老牛伺候得服服贴贴,显然已是一位养牛高手。休息时,他热情地递上鲜红的草莓请客人品尝,又抱来他那只黑亮的小猫让我们欣赏。他一会儿低下头抚摸那心爱的小猫,一会儿仰起脸传授他养牛的诀窍。问他父亲以后是否打算让他继承家业,爸爸说从小就让他在这里帮忙,但不知他长大是否会喜欢这里。夕阳透过木窗照进牛舍,那一抹光线里O.K正在和老牛亲昵。
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# by tubomim | 2002-04-26 20:23 | 2002年 | Comments(22)
育児日記
 私は多くの先輩留学生と同じく留学、就職、結婚、育児……一連の長距離競走を経験してきた。今、息子が少し大きくなって、やっと緩衝、一息ついたところである。息子の一つの笑顔、少しずつの進歩を思い出すと私たちの生活に無限な楽しみを増やす事ができる。これはおそらく今回日本における長距離競走に対し、神様が与えてくれた最高のご褒美であろう。
 今日、偶然に前の育児日記をめくってみるとまたあの美しい思い出の中に吸い込まれた。
  我和许多老留学生一样,经历了留学、就职、结婚、生育……一连串儿的长跑。现在孩子大了点,终于进入了缓冲、喘息的阶段。回顾孩子的每一个微笑、每一点进步都会给我们的生活增添无限的乐趣。这大概是东瀛的这场长跑中上帝赐予我们的最高奖赏。
  今天偶尔翻翻以前的育儿日记,又把我带到美好的回忆中去。


ある日:お風呂の中で、息子は小さな手でメークを落とした私の顔を触りながら不思議にいった。「ママ、僕は一つのことに気がついた。」「何?」「僕の顔は洗えば白くなるけれど、しかしママの顔はなぜ、洗ったら黒くなるの?」子供の言葉に嘘無し、息子の一言によって、私は笑って、顔が今回赤くなった。

ある日:今日、息子はママが買ってくれた新しいパジャマを保育園に持っていった。夕方帰ってきた時に私は「友達がみんな見てくれた?」と聞いた。「みんな、見て~といったが、誰も見てくれなかった。」「それだったら明日また見せればいいじゃん。」「それなら明日僕はみんな見ないでねといったら、みんなが絶対に見たくなるよね。」こいつ何時ごろからこういうものを覚えたのかしら。
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              見て~僕の新しいパジャマ

ある日:息子に「ごめんね、ママがまた怒ったりしてすみません。でもこれも君の将来のためだよ!」と私は謝った。「将来僕もこのように自分の子供を教育させるため?」逆に息子の一言は私をよく教育してくれた。

ある日:ベッドの上で私は「なぜ神様が君をうちに派遣してくれたのか?」と息子に聞いた。「ママがいいパパを見つけたから」なんと賢い答えだ!神様がくださったこの宝物をしっかり抱きしめた。

ある日:息子を連れて国際奨学金財団事務局長の送別会に出席した。事務局長が私たちの前のテーブルでのご挨拶が終わって、次のテーブルへ移ろうとしたところで、ずっと私の後ろに隠れていた4歳の息子は急に前に飛び出して、「いつもママが大変お世話になり、ありがとうございました」と周りが一瞬静かになった、その後パチパチとだんだん大きくなる拍手が聞こえた。

ある日:息子は友達と囲碁をやって戻ってきた。「どうだった?」「3勝1敗。」「どうして負けたの?」「これは“自他共楽”と言うんだよ。一人ばかり勝っていたら、ぜんぜんつまらないから」育児のうちに「育自」にもなった。

ある日:保育園に息子を迎えに行った時に見たこと。友達が「なぜ中国語がしゃべれるの」と息子に聞いた。息子は「僕のお母さんは中国人だ……」と次に「だから」と私は自然に思ったら、「だったおかげ」と聞こえた。ママが中国人であることを誇らしげに思ってくれた息子は私の最大の誇りである。

某日:在浴室里,儿子用小手轻轻摸着我卸妆后洗净的脸,“妈妈,我发现一个问题。”“什么呀?”“我的脸越洗越白,您的脸怎么越洗越黑呀?”童言无忌,儿子一句话又笑红了我的脸。

某日:今天儿子把妈妈给他买的新睡衣带到了保育园。傍晚后我问儿子,“小朋友们看见了吗?”“我说,大家看呀,可谁也不看。”“那就明天再给他们看。”“明天我就说,大家可别看呀。他们就一定会看的。”小东西,什么时候学会这一套的?

某日:我对儿子说:“对不起!妈妈又发火了。不过这也是为了你将来好呀!”儿子说:“为了让我将来也这样教育我的孩子?”倒是儿子一句话教育了我。

某日:躺在床上,我问:“上帝怎么就把你派到我家来了?”“因为妈妈找了个好爸爸呗!”说得多好!我紧紧抱着这个上帝赐予的宝贝。

某日:带着儿子去参加了国际奖学财团事务局长的欢送会。当事务局长在我们这桌告别后将要离开时,一直藏在我身后的4岁的儿子突然跑出来,“妈妈受您关照了,谢谢!”大家都静了,之后哗哗地拍起手来。

某日:儿子和小朋友下围棋回来,“怎么样?”“3胜1败。”“怎么败了呢?”“这叫做‘自他共乐’,光一个人赢,多没意思。”育儿的过程中我也在育已。

某日:小朋友问儿子为什么会说中国话,儿子回答,“妈妈是中国人……”我以为接下来一定是“因为”,可儿子说的是“多亏”。为妈妈是中国人而自豪的儿子就是我的最大骄傲。


……息子はこのように少しずつ大きくなった。
 私の息子が産まれた際には未熟児で、体重は1869gしかなかった。今はクラスの中で、もっとも大きく立派な少年になった。当初あまりにも小さくて出産記念カードに産まれたときの足跡を残すことすらできなかったが、逆に彼が自分の成長の道に一個一個活発な、可愛いく、しっかりした膨らみのある足跡を残してくれた。彼らは私たち生命の一部であり、生活の一部でもある。私たちの日本での道は自分で選んだが、しかし彼らの日本での道は私たちによって決められたものである。彼らをこの道でさらに元気よく歩かせるのは私たちの義務ではないか。

  ……儿子就这样一点点长大了。
  我们的儿子出生时是个未熟儿,体重只有1869克,现在已长成班里最高最胖的棒小伙。当初小得我都没敢在出生纪念手册上为他按上小脚印,倒是他自己在成长的路上留下了一个个活泼、可爱、结实的小胖脚印。他们是我们生命的一部分、生活的一部分。我们的东瀛路是自己选择的,而他们的东瀛路,却是由我们决定的。我们有义务让他们在东瀛路上走得更好。


2001年12月2日
# by tubomim | 2001-12-02 22:46 | 2001年 | Comments(38)
秋をみつけた1  (发现秋天1)
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 最近先生に「秋を見つけた」という観察日記を書くように言われました。誰がうまくて、多くみつけられるかと競争してみました。そうしたら、ママにほめられました。その後、中国語にも訳して、中国人の友達にも見せてみたらとすすめられたので、一部を訳してみました。しかしうまく訳せないところもあって、ママに助けてもらわないとできないところがありました。
  老师最近让我们练习写观察日记,题目是发现秋天,我们比赛看谁发现得多,发现得好。妈妈夸我写得好,要我翻成中文,给小朋友们看。我就翻几个给大家看看,可是有的地方,我翻不过来,还要妈妈帮忙。

1.見つけた日:2002年10月14日(日曜日)
  見つけたところ:美山台公園
  見つけたもの:落ち葉
 うちの近くの美山台公園には、落ち葉がたくさん落ちていました。落ち葉をみて、僕は秋がきたなと思いました。さらに落ち葉が少しずつかれてきて、天気も少しずつすずしくなり、秋も少しずつ深くなりました。
1. 发现的日期∶10月14日 (星期日)
  发现的地点∶ 美山台公园
  发现的东西∶ 落叶
  我家附近的美山台公园有很多落叶,看到落叶,我就感到秋天来了。落叶一点点干了,天气一点点冷了,秋天一点点深了。



2.見つけた日:2002年10月15日(月曜日)
  見つけたところ:山道
  見つけたもの:どんぐり
 駅からうちへくる途中の山道でどんぐりが風にふかれて、山道のさかで、ゴロゴロ、カタカタという秋にしか聞こえない「季節限定」のうつくしい歌をうたいながら、たのしくはしゃいでいました。僕はこれで、秋がきたのをきがつきました。
2. 发现的日期∶10月15日(星期一)
  发现的地点∶ 山路上
  发现的东西∶ 橡子
  从车站到我家的山道上,橡子被风吹着一边唱着“骨碌骨碌”、“喀哒喀哒”只有秋天才能听到的“季节限定”的歌曲,一边在坡道上欢快地奔跑和跳跃。我发现秋天来了。



3.見つけた日:2002年10月16日(火曜日)
   見つけたところ:家の庭
   見つけたもの:きんかん
 僕が生まれたときにお父さんとお母さんは庭に1本のきんかんのなえをうえて、僕と一緒に成長させようと思いました。秋になって、きんかんがかがやきをふかめてきました。 きんかんについて日記を書けるほどまでに僕は成長しました。
3. 发现的日期∶10月16日(星期二)
  发现的地点∶ 我家院子里
  发现的东西∶ 金橘
  我出生的时候,爸爸和妈妈在院里种了一棵金橘树苗,让他和我一起成长。秋天到了,他已经长出了一身金亮亮的小金橘,我也长得会为他写日记了。


続き→「秋を見つけた(2)」


2001年10月20日
小象(7歳)
# by tubomim | 2001-11-26 21:05 | 2001年 | Comments(2)