在日中国人女性の随筆  
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煙花三月揚州に下る2(烟花三月下扬州)2
大明寺

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なんじゃさんから頂いた俳句: 
芽吹きたる柳に遠く大明寺
春催新芽绿,远隔青柳放眼去,大明牵思绪。


痩西湖の裏あたりに行くと立派な塔が見えてきた。実は揚州はかつて、日本に渡来した鑑真和上(六八八-七六三年)の故郷であり、日本から長安へ向かう遣唐使の通り道でもあった。この塔は唐の時代に日本へ渡り、仏教の戒律、薬学、建築、書などを伝えた鑑真和上ゆかりの大明寺である。作家・井上靖が著した『天平の甍』でも知られる名刹である。
来到瘦西湖的后面,远远看见一座雄伟的塔。原来扬州曾经是东渡日本的高僧鉴真大师(六八八-七六三年)的故乡,也是遣唐使从日本前往长安的必经之路。这座塔就是与唐朝东渡日本弘扬佛经义理、戒坛讲律、庙堂建筑、行医采药、书法镂刻等的高僧鉴真大师有着密切关系的大明寺。在日本作家·井上靖的『天平之甍』中也曾提及的著名庙宇。
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鑑真和上はこの寺の住職になった五十五歳の時、遣唐使に随行してきた日本僧人荣睿、普照に「日本へ来てほしい」と請われた。意を決して渡航を試みるが、密告や嵐などのため五度も失敗。十二年がかりで来日を果した。その後、鑑真は奈良の唐招提寺を建立して、移り住み、来日後十年目の七六三年に、七十六才でこの世を去りました。       
この大明寺には日本の唐招提寺にそっくりの建物「鑑真紀念堂」もある。これは一九七三年に日中両国の仏教会が、鑑真入滅千二百回忌に完成したという。
実は今回時間がなくて、揚州には痩西湖だけ入ってみたが、大明寺は遠く眺めるだけで、次回の楽しみにするしかない、そのため次回のチャンスをまた考えなくちゃ。
高僧鉴真大师五十五岁在大明寺担任住持的时候,随遣唐使到此的日本学问僧荣睿、普照提出了“希望前往日本”的邀请,大师概然应允。但由于官府阻挠或浪击船沉,前五次均都失败。前后共花费了12年的时间,最后终于东渡成功。其后大师建造了奈良的唐招提寺,在此职掌。东渡后的第10年,763年结跏跌坐,面西而化,终年76岁。
在大明寺内就有仿照大师建成的唐招提寺而建造的“鑑真紀念堂”。这是一九七三年中日两国的佛教会在鉴真大师圆寂1200周年之际建成的。
这次由于没有时间,我们只去了瘦西湖。大明寺远远眺望一番,只能期望下次的机会了,为此还要考虑创造下次的机会。

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by tubomim | 2007-04-08 07:27 | 2007年