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清明節 寒食節 介子推 綿山
日本では国民の休日の中に二十四節気と関連するものが二つある。春分と秋分。中国の国民の休日にも二十四節気と関連するものが一つある。これは「清明節」といい、ちょうどこの二、三日である。全国で三日間の連休に入り、お墓参りをする人が多い。
日本的国民假日中有两个与二十四节气有关,一个是春分一个是秋分。中国的国民假日中也有一个与二十四节气有关,叫作“清明节”,就是最近这两、三天。全国进入三连休,很多人都去扫墓祭典。

「清明節」の前日は「寒食節」と呼ばれる。「寒食節」の由来は春秋時代の忠臣として知られる介子推の故事に由来するとされる。
“清明节”的前一天被称为“寒食节”。“寒食节”来源于春秋时代的著名忠臣介子推的故事。

介子推は国を追われた晋国の公子である重耳が復権するために力を尽くしたが、重耳が帰国して即位(晋の文公)すると、ずっと自分に従って亡命(19年)していた者たちに論功行賞を行い、それぞれ諸侯に封じてやった。介子推は母親と相談して、富貴を求めない決心を固め、綿山に入って隠居した。
介子推为协助被流落异域的晋国公子重耳复权竭尽全力,当重耳回国即位(晋文公)后,对从亡(19年)功臣论功行赏。介子推与母亲商量,决心不言功禄隐居绵山。

晋の文公は自ら捜しにいったが、何日捜しても介子推母子の行方はわからなかった。晋の文公は介子推が親孝行なのを知っていたので、もし綿山に火を放ったならば、きっと母親をたずさえて山から逃げ出してくると思った。無理にでも出てこさせようとして山に火を放し、大火は三日三晩燃えつづけたが、介子推母子は山から出らずに一本の枯れた柳の木に抱きついたまま焼死していた。晋の文公は介子推の固い決意を見抜けなかった自分を悔やみ、綿山に介子推の廟を立て、その命日を「寒食節」と定めて火の使用を禁じたという。
晋文公亲自前去寻找,尽管寻找了多日可是没有发现介之推母子的踪影。晋文公知道介子推是个大孝子,如果放火烧山,介子推一定会搀扶着老母亲从山中出逃。于是为了让他出来就下令放火烧山,大火连烧三天三夜,可是介子推母子并未出山,而是同抱一颗枯柳就这样被烧死了。晋文公悔恨自己没想到介子推会守志不移,就在此依山修建了介子推庙,并将其去世之日定为“寒食节”禁止在这天用火。

綿山は、現在の山西省中部の介休市にある。「介休」の名は介子推の最期の地であったことにちなむ。2007年私はこの綿山に行った。とてもきれいな山、ずっとブログで紹介しようと思ったが、なかなか時間が取れなくて今日とりあえず写真だけUPさせていただきます。
绵山位于山西省中部的介休市。“介休”之名就源于此地为介子推的临终之地。2007年我曾前往这个绵山,那里是一个非常美丽的地方。早就想在博客上介绍一下,可惜一直没有腾出时间,今天借机先晒几张照片。
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リフトで綿山の上部にある介公嶺スポット
乘坐缆车来到绵山高处的介公岭景区
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介公嶺は綿山の魂
介公岭乃绵山之魂
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介子推の墓
介子推墓
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歴代名人が介子推を謳う詩文
历代名人咏介诗文
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介公墓概要
介公墓简介
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by tubomim | 2011-04-05 22:19 | 2011年