在日中国人女性の随筆  
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朝の鍛錬2(晨练2)
 しかし、彼らの朝の日課は、夏に帰省した私たち家族のせいで乱されてしまった。彼らは公園へ行くことができなくなり、朝から晩まで子どもと孫のことでかかりきりになってしまった。ある早朝、「速く一緒にベランダに来て下を見てごらん」という母の声で目が覚めた。「あんたは目が良いから、下の橋の上にいるのがおとうさんかどうか見ておくれ。」高層住宅から母が指差す方向を見ると、父がまさに第3環状道路の立体交差橋前を横切る歩道橋の上に直立し、ぐんぐんと押し寄せてくる車の流れに向かい、感情を高ぶらせて指揮をしているのを見つけた。そのようすは「黄河行進曲」を指揮しているように堂々として壮観であった。
  然而,他们的晨规被暑期回去的我们一家子打乱了。他们再也去不了公园,而是从早到晚围着儿孙转。一天清晨,老妈叫醒我快跟她到凉台往下看。“你眼睛好,看看下面桥上那个是不是你爸?”顺着妈妈的手指从塔楼望去,我发现老爸挺立在横跨于三环立交桥前的过街桥上,面对着立交桥上涌来的滚滚车流正激昂地指挥着,那气势如同指挥着“黄河进行曲”般磅礴、壮观。
  然而,他們的晨規被暑期回去的我們一家子打亂了。他們再也去不了公園,而是從早到晚圍著兒孫轉。一天清晨,老媽叫醒我快跟她到涼臺往下看。“你眼睛好,看看下面橋上那個是不是你爸?”順著媽媽的手指從塔樓望去,我發現老爸挺立在橫跨於三環立交橋前的過街橋上,面對著立交橋上湧來的滾滾車流正激昂地指揮著,那氣勢如同指揮著“黃河進行曲”般磅礴、壯觀。

 しかし、私がまだ尽きせぬ感慨に浸っている時、「ピンーポンー」と志気を奮い立たせた父はもう熱々の揚げパンと豆乳を持って入ってきて、「朝飯にしよう」と皆に声をかけていた。朝の鍛錬に数日行かなかった母は、夕食後こらえきれずに太極剣、双扇、単圏を取り出して、子どもや孫の前で武術の動作を演じはじめた。その身振りの一つ一つが見事で、満面の笑顔にはかつてなかったきらめきが溢れていた。そばで見ている息子もついに道具をもって近づき、私は急いでカメラをとってきて、この世代を超えたものたちが共に舞う瞬間をレンズに納めた。
  然而,当我还沉浸在无限感慨之时,“乒—砰—”精神抖擞的老爸已端着热气腾腾的油饼、豆浆进来招呼大家吃早饭了。几天不去晨练的老妈,晚饭后忍不住拿出她的太极剑、双扇和单圈在儿孙前比试开了。那一招一式赏心悦目,那满脸的笑容露出了未曾有过的灿烂。看得小儿子也抄起家伙凑了上去,我赶紧抓来照相机留下这隔代人共舞的瞬间。
  然而,當我還沉浸在無限感慨之時,“乒—砰—”精神抖擻的老爸已端著熱氣騰騰的油餅、豆漿進來招呼大家吃早飯了。幾天不去晨練的老媽,晚飯後忍不住拿出她的太極劍、雙扇和單圈在兒孫前比試開了。那一招一式賞心悅目,那滿臉的笑容露出了未曾有過的燦爛。看得小兒子也抄起傢伙湊了上去,我趕緊抓來照相機留下這隔代人共舞的瞬間。

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2000年9月15日(敬老の日)
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by tubomim | 2006-07-08 23:33 | 2000年 | Comments(30)
朝の鍛錬1(晨练1)
 中国では多くの老人たちに朝公園に行って体を鍛錬する習慣がある。生涯大学で教鞭をとってきた私の父と母も今では老人の仲間入りをして、早朝から公園に向かう。両親は多分散歩に行くのだろう。そうでなくても太極拳くらいがせいぜいだと、私は思っていた。しかしよく聞いてみると、そうではなかった。
  国内有很多老人都有早晨到公园锻炼身体的习惯。我那在大学教了一辈子书的老爸、老妈如今也跨入了老年人的队伍,清晨走向了公园。我想他们大概是去散步,最多打打太极拳,细一问其实不然。
  國內有很多老人都有早晨到公園鍛煉身體的習慣。我那在大學教了一輩子書的老爸、老媽如今也跨入了老年人的隊伍,清晨走向了公園。我想他們大概是去散步,最多打打太極拳,細一問其實不然。

 なんと父は十数年前からわが家の裏の紫竹院という名の公園にデビューした。しかし、父は皆の仲間には入らず、一人で鍛錬していた。毎朝、自転車を公園の入口で鎖で結びつけると、月ぎめの入場券を見せて公園に入る。イヤホーンを耳に押し込むと、さながら無人の別天地に足を踏み入れたかのようだ。ふと見ると、軽やかにウォークマンから流れるリズムに合わせてステップを踏み、湖のほとりの柳の木陰の間に消えていく。湖のほとりを一回りして戻って来ると、長い間父専用となっているあの青いベンチ石の上に腰を下ろす。一時休むと、湖の中心に向かって両眼を閉じ、こころゆくまで、ウォークマンの音楽に合わせて指揮をする。「モスクワ郊外の夜」、「サンタルチア」、「エーデルワイス」、「舟歌」など父のお気に入りの古い歌が父の指先から朝の中に広がっていく。指揮を終えた父は、朝の洗面を終えた後のようにすがすがしく、元気に見える。
  原来老爸十几年前就在我家后面的紫竹院公园登场了,但他没入伙是在单练。每早将自行车往公园门口一锁,展示月票进园,耳机一塞就如进入了无人仙境一般。只见轻快的舞步踩着“随身听”的步点,消失在湖边的柳荫行间。湖边一周转回来,坐落在那块他常年专属的青石板上。稍息片刻,便对着湖心闭上双眼,尽情地为他的“随身听”指挥。“莫斯科郊外的夜晚”、“桑塔露琪亚”、“雪绒花”、“星星索”……这些他心爱的老歌都随着他的指端挥撒到晨间。指挥完毕再看老爸,就如同早晨盥漱后那么清爽,那么精神。
  原來老爸十幾年前就在我家後面的紫竹院http://www.51766.com/img/zzygy/公園登場了,但他沒入夥是在單練。每早將自行車往公園門口一鎖,展示月票進園,耳機一塞就如進入了無人仙境一般。只見輕快的舞步踩著“隨身聽”的步點,消失在湖邊的柳蔭行間。湖邊一周轉回來,坐落在那塊他常年專屬的青石板上。稍息片刻,便對著湖心閉上雙眼,盡情地為他的“隨身聽”指揮。“莫斯科郊外的夜晚”、“桑塔露琪亞”、“雪絨花”、“星星索”……這些他心愛的老歌都隨著他的指端揮撒到晨間。指揮完畢再看老爸,就如同早晨盥漱後那麼清爽,那麼精神。
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 毎日毎日、そして毎年毎年、十数年の時間をかけて、父は自分と青いベンチ石をあの湖のほとりの風景にまで築き上げたのだ。私は父に尋ねた。「誰か見ている人はいるの?」、「私はいっさいほかの人を見ない。」と父は答えた。私は母に尋ねた。「どうして一緒に行かないの?」「だって恥ずかしいもの。」と母は答えた。
  据说日复一日,年复一年十几年来老爸已把他和青石板修炼得成了那湖边的一道风景。我问他:“有人看您吗?”他答:“我从来不看人。”我问妈:“您为什么不一起去呢?”妈说:“不好意思。”
  據說日復一日,年復一年十幾年來老爸已把他和青石板修煉得成了那湖邊的一道風景。我問他:“有人看您嗎?”他答:“我從來不看人。”我問媽:“您為什麼不一起去呢?”媽說:“不好意思。”
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 その「恥ずかしい」と言っていた母も、最近は、もう家でただ待っているのはやめて、公園に行くようになった。母が行くのはわが家の前の玉淵潭公園であるhttp://www.51766.com/img/yyt/。母は行くだけでなく、みんなの仲間に入ってグループで鍛錬を始めた。そればかりか、母は父よりも精彩を放っていた。「窓を開けて月を眺める」、「皇太子が思いを述べる」、「はにかむつぼみ」、「水に顔を映す鷺」など、曲名を聞くだけでうっとりとして、私にはあれこれの思いが浮かんでくる。ああ、母はあの美しくて感動的な「木蘭拳」に夢中になってしまったのだ。
  就是这个“不好意思”的老妈,最近也不再在家干等老爸,她也上公园去登场了。她去的是我家前面的玉渊潭公园http://www.51766.com/img/yyt/。她不光登场还参加了群练,而且比老爸练得更精彩。“推窗望月”、“太子抒怀”、“含苞羞蕾”、“鹭鸶探水”……光听这些名字就让我心旷神怡,浮想联翩。啊!老妈迷上了多么优美、动人的“木兰拳”!
  就是这个“不好意思”的老妈,最近也不再在家干等老爸,她也上公园去登场了。她去的是我家前面的玉渊潭公园http://www.51766.com/img/yyt/。她不光登场还参加了群练,而且比老爸练得更精彩。“推窗望月”、“太子抒怀”、“含苞羞蕾”、“鹭鸶探水”……光听这些名字就让我心旷神怡,浮想联翩。啊!老妈迷上了多么优美、动人的“木兰拳”!

 こうして、毎日早朝、一人はウォークマンを、一人は太極剣を手に下げて、一人は芸術のために、一人は武芸のために、それぞれの舞台へと駈け参じていく。教壇を去った足がなんと湖畔で舞い、教鞭を放した手が名刀を握ろうとは、私にはどうにも予想できなかったことだ。その昔、私が中国を後にした時、両親は50歳前後で、一日中忙しく、今のような余裕など今まで見たことがなかった。今や、還暦も過ぎてスタート地点に戻り、だんだんと若返ったとでもいうのだろうか。子供である私のところに巡ってきたこの幸せは何時ごろに修行した果報であろう。
  就这样,每日清晨,一个挎上“随身听”,一个提上太极剑,一文一武就奔各自的舞台去了。我怎么也没想到离开了讲台的脚竟飞舞在湖畔,放下了教鞭的手会提起了宝剑!当年我出国时他们50岁前后,终日忙忙碌碌,从未见过象现在这么潇洒。而今难道真是年过花甲,周而复始,越活越年轻了?这是作晚辈的我何时修来的福分?
  就這樣,每日清晨,一個挎上“隨身聽”,一個提上太極劍,一文一武就奔各自的舞臺去了。我怎麼也沒想到離開了講臺的腳竟飛舞在湖畔,放下了教鞭的手會提起了寶劍!當年我出國時他們50歲前後,終日忙忙碌碌,從未見過象現在這麼瀟灑。而今難道真是年過花甲,周而復始,越活越年輕了?這是作晚輩的我何時修來的福分?
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by tubomim | 2006-07-06 23:10 | 2000年 | Comments(39)
孫子療法(孙子疗法)
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 弟は先日彼の社長とともに中国へ出張にいった。往復を入れて2泊3日であった。最初の晩は仕事や宴会などを終わらせて、社長たちを落ち着かせた後、彼は慌てて北京の両親の家に帰り、一目見てさっさとホテルへ戻った。翌晩、彼はまたなんとか暇を見つけて、家に帰り、家の様子を一目見た。その次の日の晩には彼はすでに東京に戻っていて、私に家の状況を報告するために電話を廻してくれた。
   弟弟前几天陪他们社长回国出差,连去带回一共三天两夜。第一夜忙完工作、宴会、安顿好社长等人后,他急忙跑回北京的爸爸妈妈家看了一眼就赶回酒店了。第二夜又忙里偷闲地跑回家看了一眼。第三夜呢?他已经回到东京给我拨电话汇报家里的情况了。
  弟弟前幾天陪他們社長回國出差,連去帶回一共三天兩夜。第一夜忙完工作、宴會、安頓好社長等人後,他急忙跑回北京的爸爸媽媽家看了一眼就趕回酒店了。第二夜又忙裏偷閒地跑回家看了一眼。第三夜呢?他已經回到東京給我撥電話彙報家裏的情況了。



 家というとただ私たち二人姉弟のお父さんとお母さん、そして最近私が日本国内で長期出張によって面倒を見られなくて、中国に預けた3歳あまりの息子がいる。
  所谓家里呢?只有我们姐弟俩的老爸、老妈还有因为我最近长期在日本国内出差,照看不了,而送回中国的3岁多的儿子。
  所謂家裏呢?只有我們姐弟倆的老爸、老媽還有因為我最近長期在日本國內出差,照看不了,而送回中國的3歲多的兒子。


 「家の人はみんな元気?」
  “家里都好吧?”
  “家裏都好吧?”

 「ご安心ください!小さいのが大きくなったし、年寄りは若くなった。細いおふくろは白くて太くなったし、太いおやじはさっぱりしてかっこよくなった……」
  “您就放心吧!小的长大了,老的变小了。瘦妈妈又白又胖了,肥爸爸潇洒英俊了……”
  “您就放心吧!小的長大了,老的變小了。瘦媽媽又白又胖了,肥爸爸瀟灑英俊了……”

 「ほんとう?冗談はやめなさい!ちゃんとゆっくり教えてちょうだい!」
  “真的?别逗了,快好好说说。”
  “真的?別逗了,快好好說說。”

 「姉さん!僕はただうちにかえって、二目見ただけで、すべてがわかった!最初の一目は刮目(かつもく)して之(これ)を視る(みる)、二回目の一目は疑わずに確信した!これはまるっきり孫子(そんし)療法(りょうほう)に間違いない!」
  “姐,我就回家看了那么两眼,就全看明白了。第一眼刮目相看,第二眼确信无疑。整个一个‘孙子疗法’!”
  “姐,我就回家看了那麼兩眼,就全看明白了。第一眼刮目相看,第二眼確信無疑。整個一個‘孫子療法’!”
1998年5月19日
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by tubomim | 2006-02-07 23:28 | 1998年 | Comments(5)
両親に内緒の帰省(悄悄回娘家)
 主人は仕事の都合により、年にお盆とお正月の四日間の連休しかない。この間はちょうどチケットの高い時期に当る。去年お盆の四日間は私たちが北京で両親と一緒に過ごしたので、今度のお正月の四日間は日本国内旅行にしたいと両親に話した。当然両親が言わなくてもやはり帰ってきてほしいという気持ちが聞こえた。
   我家老公由于工作关系,一年只有盂兰盆节四天和元旦四天的连休,正赶上机票最贵的几天。去年盂兰盆节的四天我们是在北京与父母一起度过的,于是这个元旦的四天我就告诉父母我们打算安排在日本国内旅行了。当然父母不说我也能听出他们还是希望我们回去。

 お正月に四日間のドライブ旅行をして、最後の旅行先の千葉で私は息子を連れて主人と別れた。主人は仕事に復帰するため車で帰宅、私と息子はそのまま成田空港へ足を運んだ。実は先日29000円の東京⇔北京往復激安チケットを入手したのだ。この棚から落ちてきたぼた餅については北京の両親に内緒することにした。というのは思いがけない驚喜を与えたいから。
 夜の21:30分北京空港に着き、息子を連れて、先に走ってさっさと通関、タクシーでさっさと移動、いつもより速く22:30分にはすでに家のチャイムを鳴らした。
  元旦我们开车旅行了四天。在最后一站的千叶我带着儿子与老公分手,老公开车回家准备开始工作,我和儿子直奔成田机场。因为我前几天买到了1月4日往返北京29000日圆的机票,这突来的好事我没告诉北京的父母,我要给他们一个意外的惊喜。
  晚上21:30飞机到达北京机场,我带着儿子跑在前面办理了入境手续,打着的就往家跑,比每次都快,22:30就已经按响了我家的门铃。


  両親に驚喜を与えるつもりであったが、孫を抱いたおばあちゃんが泣いてしまった。喜んで泣いたのだろうと思ったら「私は後何回迎えにいけるのでしょう、どうしてこのわずかな喜びを楽しませてくれないのか。」と呟いた。
 考えてみれば日本にきてちょうど20年、この間に数え切れないほど北京に帰ったことがある。毎回両親ともかならず空港に迎えに来て、そして空港に見送りにきてくれることに固執した。最近年配になったことを配慮して、空港に来なくていいとしつこく話しても、いつもさっぱり硬く断られた。
  本想给父母一个惊喜,然而我妈妈抱着外孙哭起来了。我以为是高兴得流泪了,只听妈妈嘟囔着“我还能去接你们几次?就不能让我享受一下这点乐趣?”
  想一想来到日本整20年了,回了无数次北京,每次父母一定要到机场来接,而且坚持一定要到机场来送。最近考虑他们已经年迈,苦口婆心讲过多次不要到机场了,但都被他们一口回绝了。


 今回は夜のことだし、寒いこと……いろいろ配慮した結果、私が考えたこの突然の驚喜は逆に両親の空港へ子供を迎えにいく楽しみと待ちに待った喜びを奪ってしまうことになった。
 親の気持ちは親にならないと分からないとよく言われるが、親になっても親の気持ちを分からなかった自分に怒りを覚えた。
  这次又是晚上,又是寒天,考虑了半天的结果,没想到我设想的惊喜却剥夺了父母去机场接孩子的乐趣,还有知道孩子要回来的那份久候的喜悦心情。
  都说不当父母不知父母心,我真恨自己当了妈妈还是不懂父母的心。

2006年01月14日

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ただいま!6歳の小象が一人で北京に来ちゃった(北京空港)
我回来了! 6岁的小象一个人来到了北京(北京机场)


追加:先日ちょうど予定があった仕事もキャンセルになり、ウエーティングのチケットも入手できたので、急遽息子を連れて、北京に帰ることにしました。今回はもちろん情報を確実に伝達した上で、意思を十分に説明して、後の情報応用編は両親にお任せすることにしました。
 北京に着いた時に荷物を受け取るところからすでに外で待っている両親の振っている手が目に入り、昨日北京から出発する時も同じ手により、後ろ髪を引っかれる感じでした。往復を入れて、4泊5日の帰省でしたが、戻ってくる時にトランクやカバンの中に食べ物、着る物など等持てないほど重い両親の気持ちがいっぱい詰め込まれました。
  次回に帰省はいつになるでしょうか、このためにまたがんばらなくちゃ。
补充:前两天原来安排的工作取消了,等位子的机票也正好到手了,于是匆忙决定带儿子回北京。这次当然在准确传达了信息之后,又充分说明了意愿,此后如何应用这个信息就交给父母了。
  到了北京机场,在取行李的地方就已经看到了外边等候的父母挥动着的双手。昨天从北京出发时还是这双手牵动着我恋恋不舍之情。加上往返只回去了4晚5日,吃的、穿的沉得都快提不动了,箱子与提包里塞满了父母的爱子之情。
  下次何时能回娘家呢?为此还要努力工作。

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by tubomim | 2006-01-14 09:54 | 2006年 | Comments(39)
「赤い夕日」の演奏(吹奏「夕阳红」)
 一生大学で黙々として耕耘してきたお父さんは最近徐々に教壇から引退すると同時に有声の世界に踏み出した。まず歌壇に挺進し、最近また楽壇にも足を伸ばした。
  在大学默默耕耘了一辈子的老爸,近两年在逐步隐退教坛的同时,开始进入了有声世界,先是挺进歌坛,最近又涉足了乐坛。
  在大學默默耕耘了一輩子的老爸,近兩年在逐步隱退教壇的同時,開始進入了有聲世界,先是挺進歌壇,最近又涉足了樂壇。

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 今年の夏休みに大学が2万人民元も出資し、軍楽団からプロの先生を招聘して、定年先生の合唱団のためにさらに管弦楽団を設立した。すると心身壮健のお父さんは自ら進んで、サックスホーンの担当を申し込んだ。今まで一回も楽器を触れたことのないお父さんのこの挙動に対し、家族には誰もいいほうに思わなくて、ただ茶飲み話の話題にするだけで、皮肉されることももちろん避けられなかった。ただ遠く離れて日本にいる娘の私は半信半疑でお父さんの成功を期待していた。これは普段言ったことを必ず実行するお父さんの根性に基づいたことである。先月ちょうど中国に行くチャンスがあり、私はケースを持って旅に出た。このケースはとても重く、中には私たち娘夫婦がお父さんのために装備したサックス以外にあのずっしりした期待も入っているから。
  今年暑假,大学出资2万人民币,聘来了军乐队的高师传授指导,欲为老干部合唱团再配备一个乐队。于是,身高气壮的老爸就自告奋勇地报名要当一名萨克斯管的吹手。对于从未接触过乐器的老爸的这一举动,全家没人看好,只是作为茶余饭后的笑料,还不免连讥带讽。只有远在东瀛的我半信半疑地期待着他的成功。这期待基于他平日说到作到的“根性”。上月正好有去国内出差的机会,我就提着箱子踏上了回家的路程。这个箱子好重好重,里面除了我们小两口为老爸装备的萨克斯管外,还有那沉甸甸的期待。
  今年暑假,大學出資2萬人民幣,聘來了軍樂隊的高師傳授指導,欲為老幹部合唱團再配備一個樂隊。於是,身高氣壯的老爸就自告奮勇地報名要當一名薩克斯管的吹手。對於從未接觸過樂器的老爸的這一舉動,全家沒人看好,只是作為茶餘飯後的笑料,還不免連譏帶諷。只有遠在東瀛的我半信半疑地期待著他的成功。這期待基於他平日說到作到的“根性”。上月正好有去國內出差的機會,我就提著箱子踏上了回家的路程。這個箱子好重好重,裏面除了我們小倆口為老爸裝備的薩克斯管外,還有那沉甸甸的期待。

 実家についた後、お父さんは早速サックスを首にかけて吹き始めた。そのものは結構の力がないと音を吹き出せないし、相当に工夫しないとメロディーにはならない。お父さんはひたすら力いっぱいモーモーしていたが、まわりの人がこれを聞いて、家にわけを聞きに来た。「家には牛を飼うことになったのよ。」とお母さんはぷんぷんしながら答えた。しかし最近の電話の中で、お母さんは次のように報告するようになった。「あの人の能力が溢れてきて、なかなか家の中には閉じこもれなくて、外に飛び出したよ。」「どこに飛び出したの。」「公園の湖のほとりや歩行橋の上とか彼の体を揺らしながら得意の様子が見える。あなたも早く帰ってきて頂戴、お父さんはわが北京オリンピックのためにまた一つの景観を増やしたよ。」
  到家后,老爸将萨克斯管挎在脖子上就吹开了。这家伙没点力气吹不出声,没点工夫吹不成调。只听老爸在家憋足了力气地打哼哼。旁人闻之,问我家怎么了?老妈答曰:“家里养牛了”可最近电话里老妈又报告说:“人家本事大了,家里关不住,冲出去了”“冲到哪里去了?”“周围的公园湖畔,立交桥头都能看到他摇头摆尾的身影。你快回来看看吧,你爸爸为咱奥运的北京又添了一景!”
  到家後,老爸將薩克斯管挎在脖子上就吹開了。這傢伙沒點力氣吹不出聲,沒點工夫吹不成調。只聽老爸在家憋足了力氣地打哼哼。旁人聞之,問我家怎麼了?老媽答曰:“家裏養牛了”可最近電話裏老媽又報告說:“人家本事大了,家裏關不住,沖出去了”“沖到哪里去了?”“周圍的公園湖畔,立交橋頭都能看到他搖頭擺尾的身影。你快回來看看吧,你爸爸為咱奧運的北京又添了一景!”

 昨日電話がまた鳴った。取ったら無言電話だった。切ろうというところに電話の向こうからあの聞きなれたモーモーの音が聞こえた!あのモーモーの音はヨチヨチとやっとレールに乗せてきて、最後に何とか悠揚の味も聞こえてきた。曲が終わるとお父さんの声が聞こえた。「いかが?聞こえた?これはラッパを吹くじゃないよね。重陽節(陰暦の9月9日の節句、中国の敬老の日にもなる。九九は一番大きな数字で、長生きすることを意味する)にステージに上がって、「赤い夕日」を演奏することになったよ。」電話を切った後、私の耳のそばにはまたお父さんのサックスの音がこだましている。引退しても休まない(日本語の「定年」は中国語の「退休」という)お父さんのために素直に喜ぶ。
  昨晚,电话响了,拿起来没人说话,刚要挂上,电话里钻出了那耳熟的哼哼声,那哼哼声摇摇晃晃终于走上了正轨,最后还真听出了点悠扬的味道。曲终老爸开口了:“怎么样?听见了没有?这可不是在吹牛吧?重阳节,就要登台表演了,要吹奏一曲《夕阳红》呢!”挂上电话后,我的耳畔还在回荡着老爸的萨克斯管声,我为退而不休的老爸高兴。
  昨晚,電話響了,拿起來沒人說話,剛要掛上,電話裏鑽出了那耳熟的哼哼聲,那哼哼聲搖搖晃晃終於走上了正軌,最後還真聽出了點悠揚的味道。曲終老爸開口了:“怎麼樣?聽見了沒有?這可不是在吹牛吧?重陽節,就要登臺表演了,要吹奏一曲《夕陽紅》呢!”掛上電話後,我的耳畔還在回蕩著老爸的薩克斯管聲,我為退而不休的老爸高興。
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2001年10月13日
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by tubomim | 2001-10-10 13:37 | 2001年 | Comments(25)