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じゅんばんこ(排队队)
「列の並びから」を書いたがさらに数筆書き加えたい。これは数年前に発生したことであるが、本日になっても忘れ難いものである。
说到“排队”,再多写几笔。这是发生在几年前的一件小事,但却让我至今难忘。

家の近くの銀行のキャッシュコーナーは二つの大きな建物の真ん中の通路の中にある。なので、この長い通路は風が吹くとびゅうびゅうと風の通り道になる。ある日私はお金を下ろしに行ったが、ちょうど風が吹いていて、おまけに小雨まで降っている。前にはすでに数人並んでいたが、みんなが体を丸めて傘を斜めに支えて、黙って並んで待っており、風に吹かれた傘がパタパタの音だけが聞こえる。
我家附近的银行自动存取款机设在两座建筑之间的通道里,这个长长的通道遇到刮风就成了呼呼的风口。一天我去那里取钱,正好赶上刮风还夹杂着小雨。前面排着几个人,大家都紧缩着身体侧举着雨伞,在那里默默地排队等候,只听大风吹得雨伞哗哗作响。

その時に2~3歳の女の子を連れてきたお母さんが来て、私の後ろに並んだ。強風が吹いてきて、女の子が「いたいよ、こわいよ」と訴えた。この時、お母さんはこの小さな子をだっこするのではなく、すぐさましゃがんで風よけのために傘を斜めに持った。強風は相変わらずびゅうびゅうと通路の向こう側から吹いてくる。女の子が時々「いたいよ、こわいよ」と訴えている。
此时来了一位年轻的妈妈领着一个2~3岁的小女孩,排在了我的后面。大风吹来,只听小女孩喊“疼呦!好可怕呀!”这时妈妈没有抱起她,而是赶紧侧举着雨伞蹲下为小女孩遮风。大风依旧呼呼地从通道那边吹来,小女孩不时地会喊“疼呦!好可怕呀!”

その時、私の前の人がキャッシュコーナーの部屋に入った。私は後ろのお母さんに列を譲ろうとしていた。そうすればこの親子が次に中に入れるから。子供はすぐわかった。お母さんの手をつないで前へ移動しようとしたが、このお母さんは私に数度感謝したのにどうしても前へ行こうとしなかった。そこで優しく女の子のお手々をつないで前後に揺らしながら「じゅんばんこ」「じゅんばんこ」と言った。しばらくすると女の子もお母さんと一緒に風の中で楽しそうに「じゅんばんこ」「じゅんばんこ」とつぶやいた。
这时,我前面的人进到自动存取款机的隔间里,我示意让小女孩的妈妈排到我前面,这样她下一个就可以带着孩子进去。孩子也看明白了,拉着妈妈的手就往前走。这位妈妈对我千谢万谢就是不肯向前,并亲切地拉起孩子的小手前后地摇着,边摇边用孩子的语言说“排队队,排队队”不一会儿小女孩不再喊“疼呦!好可怕呀!”而跟着妈妈在风里快乐地喊着“排队队,排队队”

私の前の人が出てきたので、今度は私の番になった。このお母さんが私より先に入るのがいやなのであれば、とりあえずお子さんを連れて一緒に部屋へ入って風を避けたらと思って、その旨を話したところ、子供を慰めるために「じゅんばんこ」「じゅんばんこ」と言いながらも気にしなくていいと私に示していた。そこで私は急いでお金を下ろして身を翻して部屋から出ると、その時もドアの外の黄色のラインの後ろで、あのお母さんはしゃがんで傘を斜めにして風と雨の中で女の子と一緒に「じゅんばんこ」「じゅんばんこ」を楽しんでいる。

我前面的人出来了,该轮到我进去了。既然这位妈妈不肯排在我的前面,就请她带着孩子一起进到隔间避避风雨吧。她一边哄着小女孩“排队队,排队队”一边示意我不用客气。我赶紧取完钱扭身出来,只见门外黄线后这位妈妈蹲着在那里举着雨伞,正在风雨中哄着小女孩在“排队队,排队队”呢。

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by tubomim | 2011-04-27 15:44 | 2011年 | Comments(11)
春休み前後の小象の学校(春假前后小象的学校)
3月11日の地震当日、夜になってようやく横浜の学校に通っていた息子小象と連絡が取れた。その時、彼は横浜のある歯科の診療所に避難していると言った。実は期末試験後小象が数名の同級生と一緒に横浜球場で試合を見ていた最中に地震に遭遇。地震後、交通麻痺のために帰宅難民になった。夕方、街でうろうろしながら食事を探し、あるコンビニにたどり着いたときに、とある女性が彼らが着ている制服を見て「○○学校の学生さんでしょう、帰宅できなかったら家へ来てください。」と声をかけてくれた。このようにして彼らはこの女性のご主人が開業している歯科診療所に案内してもらったが、ここにはすでに数名の同じ制服を着ている違う学年の生徒がいた。このご夫婦には同じ学校に通っている低学年の息子さんもいらっしゃると聞いた。
3月11日地震当天,我直到晚上才与去横滨上学的儿子小象取得联系,此时他正在横滨的一个牙科诊疗所里避难。原来期末考试结束后小象与几个同学去横滨球场看球赛,赛中遭遇地震。由于震后交通瘫痪不能回家,傍晚正在街上寻找食物的他们几个摸索到了一家方便店。这时一位女性看着他们的校服问道“是某某学校的学生吧? 回不了家就到我家来吧。”就这样他们几个被带到了这位女性的丈夫开诊的牙科诊疗所,此时里面已经有几位穿着同样校服的不同年级的学生了。原来这对夫妇也有一个在同校低年级读书的儿子。

震災後、学校に来させずに家で待機するようにとずっと学校側に言われた。終了式の直前になり、終了式もせずにそのまま春休みに入るという連絡が入ってきた。「えっ?宿題さえもないの?!」とついに私が口を開いたら、「僕たちは学生が自分でやるべきことを知っている。」と息子が答えた。
震后学校一直让孩子们在家待机不要到校。直到结业式前几日,学校通知结业式也不举行了就这样进入春假。“啊?!怎么连个作业也不留呀?”我发话了。儿子回道:“我们知道学生自己该干什么。”

小象は終了式当日の3月19日の夜に北京へ行くJALのチケット(4万ぐらい)をとっくに購入していた。26日に数名の同級生と一緒に関西への電車の旅があるので、25日の夜には彼は日本に戻らないといけない。しかし地震など一連の想定外のことが発生したためこの旅行は実施するのか。特に外国人がどんどん日本から離れていくのを見て、北京のおばあちゃんからもこの時期には絶対に日本に戻らないよう勧められた。小象が連日同級生たちとメールのやり取りをした結果、私たちにこのように説明してくれた。以下の条件を満たした場合は旅行に行く。さもなければ中止をする。半数以上の仲間が参加すること、必ず親の許可を得ること、状態がこれ以上悪化しないこと……等々があると覚えている。こうして25日に小象は数名しか乗客が乗っていない飛行機に乗り、予定通り日本に戻り、7名の同級生たちと一緒に電車の旅を楽しみにでかけた。
小象早就买好了结业式当晚3月19日去北京的日航机票(才4万多日元),因为26日约好了几个同学一起去关西电车旅行,他要赶在25日晚上回来。可是发生了地震等一系列想像不到的情况,还要去吗? 特别是看到外国人都纷纷离开日本,北京的姥姥也劝说小象现在可千万别回到日本。只见小象天天不停地与同学们邮件联系,最后告诉我们,决定如果满足了以下几个条件就去旅行,否则就中止。记得有半数以上人员参加、必须家长同意、情况不进一步恶化……等等。就这样25日小象乘坐着没有几个乘客的飞机按计划飞回日本,与7个同学去享受电车之旅了。

新学期がスタート、学校から新しい学年のクラス分け通知が届いた。小象は高2に入り、文系理系に分けられて、そしてそれぞれ一つずつ選抜クラスも設けられた。小象は文系に入ったが、選別クラスには入れなかった。これは予定外でもあるが、想定内でもある。というのは毎日野球、旅行そして多くの雑務に追われた彼の成績はいつもこの境目あたりを行ったり来たりしているから。そこで私は「もし通訳案内士の資格に合格したことを先生に話したら、選抜クラスに入れたかも」と冗談半分で言ったら「もし本当にそうであれば僕はもうこの学校に絶望する!」と小象が真剣に答えた。
新学期就要开始了,学校寄来了新学期的分班通知。小象就要进入高二了,要分文理科,同时文理科还各设一个选拔班。小象被分配在文科,但没有进入选拔班。这既是想定外又在意料中,因为忙着棒球、旅行还有各种杂事的他学习成绩总是徘徊在这个边缘。我逗他“如果你把考上翻译导游士资格的事情告诉老师也许就进选拔班了。”“如果要真是这样我就对我们的学校绝望了!”儿子郑重地告诫我。

そう、息子小象は自分の学校が大好き、私もこれに喜んでいる。今月末には学校の学園祭があり、一昨年のかき氷、昨年のホットドッグに続き、今年はお好み焼き、彼はすでに三年連続で店長を担当。今、小象は毎日朝早く出発し、夜遅くに帰宅。授業以外の時間を利用して、50数名の店員たちと一緒にこの準備業務に追われているが、母親としての私は息子にこのような学校生活を十分楽しんでほしい。
是的,儿子非常喜欢自己的学校,我也以此为荣。月底学校的校园祭又要开始了,前年刨冰、去年热狗、今年随意烧,他已经是连续三年担任店长了。现在小象每天早出晚归课余时间与其他的50多名店员忙着筹备呢,当妈的我愿儿子尽情享受他的宝贵学校生活。
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by tubomim | 2011-04-17 10:09 | 2011年 | Comments(6)
二回目の義援金(第二次捐款)
3月14日「一博一品」の作者と読者は日本赤十字を通じて、災害地域へ58000円の義援金を振り込みました。引き続き4月12日に再度25000円を追加しました。
ここで皆さんにご報告させていただき、そして義援金を寄付していただいた皆さんに敬意を表させていただきます。

3月14日"一博一品"的作者与读者通过日本红十字会向灾区捐款58000日元。4月12日再次捐款25000日元。
在此向各位汇报,并对捐款者致敬!


『一博一品』
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by tubomim | 2011-04-15 17:11 | 2011年 | Comments(0)
お花見(赏花)
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4月13日沿線に住む5人のブロ友は一緒にお花見に出かけた。1万歩余り歩き、その後「自然食バイキング」を楽しんでいた。もちろん期間中に地震や津波、そして原曝のことなど、いろいろ話題に富んでいた。久しぶりの集まりで、皆さんは気分転換ができ、次回一緒に温泉に行くことを約束していた。
4月13日沿线的5位博友去看樱花,走了1万多步,之后去吃“自然食自助餐”,当然还要聊聊地震、海啸及核扩散的等等。大家好久没有聚会了,都感觉出来换换心情不错,约好下次去附近的温泉。

桜を見て、中国にいるブロ友xiaohouziさんが先日送って来た「桜」という詩を思い出した。本人が通勤途中に咲いた今年の桜を見たときの感想らしい。
看到樱花想起前几天中国国内博友xiaohouzi送来的诗“樱花”。这是他在上班路上看到今年的樱花时的感触。

苦雨霏霏更著风
今春不与旧时同
但任欺凌自开谢
犹看枝头一片红
  

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by tubomim | 2011-04-15 07:04 | 2011年 | Comments(8)
綿山④介公嶺スポット(介公岭景区)
前回書いた「清明節 寒食節 介子推 綿山」の最後に介公嶺スポットについて触れてみたが、綿山シリーズの一つとしてもう少し追加して書き残したい。
上次写的“清明节 寒食节 介子推 绵山”的最后,谈到了介公岭景区。这次作为绵山系列之一还想再多写几笔留下。
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介公墓は2000段ほどの高い階段の上の柏樹嶺の中央にあるので、私たちはこのリフトで上に行った。下では一部しか見えなかった長廊は綿山碑林と教えてもらった。
介公墓建于2000级石阶之上的柏树岭中央,我们乘坐缆车上去。下面能看到的那部分长廊被告知是绵山碑林。
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長廊の中には唐太宗李世民など歴代帝王や文人名士、そして現代の百名の有名な書道家の逸品が収められている。碑林の形は両面碑、四角碑、六角碑と八角碑があり、内容としては綿山仙境、介子高潔を謳う詩文名篇である。
长廊里集有唐太宗李世民等历代帝、文人名士及当代百位名家书法之精品。碑林形式有两面碑、四角碑、六角碑和八角碑。内容皆为歌咏绵山仙境、介子高风的诗词名篇。
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介公嶺は綿山の魂。遠く見える円形の丘は晋文公が従者に命じ、介子推の遺物を集めて、丘を活かして作った介子推の墓である。
介公岭乃绵山之魂,远处的圆形山丘是晋文公命随从收集介之推的遗物,依山而建的介公墓。
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晋文公手植碑。
晋文公手植碑。
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山に彫刻された介子推物語。
雕刻在山壁上的介公故事。
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八百二十段の階段の上に建てられた介公祠。祠堂正殿には介之推、介母そして邻人解張の塑像が祭られている。
建在在这八百二十级石阶之上的介公祠。祠内正殿供奉着介之推、介母及邻人解张的塑像。
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両側の偏殿には介之推の生涯を紹介する美しい壁画が描かれてある。
两边偏殿中绘制有反映介之推生平的精美壁画。
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by tubomim | 2011-04-14 08:18 | 2007年 | Comments(2)
綿山③水涛溝スポット(水涛沟景区)
山に張り付けてあるレストランで食事を済ませた後に水涛溝スポットへハイキング。
在贴在山壁上的餐厅用餐后,我们漫步来到水涛沟景区
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大小百以上の滝。
大小瀑布百时余处。
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虎神護薬、二龍戯水、牛角掛書。。。それぞれ伝説が残されてきたスポットが三十余り。
虎神护药、二龙戏水、牛角挂书......这里有三十多处这样附有传说的景点。
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ここでも日本とのゆかり発見。
在这里还发现了与日本之缘。
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私たちの可愛いガイド。個性的な説明方が皆さんを喜ばせた。
我们可爱的导游。她那附有个性的解说感染了我们一行。
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水球、なかなか難しい。ここで10分以上観戦したが、ほとんど球内で立ち上がらずに失敗。あきらめて離れたら後ろから歓声が聞こえ、どうも器用な成功者もいったようだ。さっそく戻って、この楽しい、そして嬉しい画面を動画におさめた。
水球,可不容易。在那里观看了10几分钟,大多数玩者根本就在球里站不起来,没意思走了。可是没离开几步就听见后面传来了欢呼声,看来还真有有本事的成功者。赶紧返回,把这快乐、并值得高兴的画面收录下来。



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by tubomim | 2011-04-12 06:33 | 2007年 | Comments(4)
綿山②雲峰寺スポット(云峰寺景区)
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雲峰寺スポット、有名な雲峰寺はこの抱腹岩にあるので抱腹寺ともいう。三国曹魏時代から造られ,すでに1700年余りの歴史がある。高さ60M,奥行50M,長さ180M,上下二段。二百余り軒の建物をこのお腹の中にだっこしている。
云峰寺景区,因为著名的云峰寺位于抱腹岩,所以也被称之为抱腹寺。始建于1700多年前。高60米,深50米,长180米,分为上下两部分。抱二百余间殿宇、馆舍于“腹”内。

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このお腹に行くため、「後ろを見ないで一気に登って」とガイドに言われ、そのまま一気に登った、しんどい。
为了钻进腹内,我按照导游说的“别往后看,一直前行!”一口气登上去了,累得上气不接下气。
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もちろんこの方法もあるけど、唐の時代以前からすでにあるもので、今は使用禁止。
当然也有这样的途径,据说早在唐前就有了,现在禁止使用。
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上には上がある。願うことがあれば飛人に頼んで岩壁に鈴をかけてもらう。
天上有天。如要许愿,还可请飞人把愿铃挂在绝壁上面。
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天橋―上に行くにはこれしかない。
天桥―要想上天只有此路。
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案ずるより産むが安し。
君到山前必有路。
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沿道の洞窟にも覗いてみた。
沿途的洞穴窥视一番。
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小さなお堂もある。
贴山还有一些殿宇。
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歴史が感じられる風景。
感触历史的画面。
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お腹の中、お堂ばかり。
腹内尽览大小殿宇馆舍。
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中から外を眺めるのもすごく気持ちがいい。
从腹望去心中一片荡然。
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by tubomim | 2011-04-09 22:44 | 2007年 | Comments(4)
綿山①龍頭寺・朱家凹スポット(龙头寺・朱家凹景区)
せっかくなので、綿山のことをもう少し紹介しましょう。綿山観光地図をご参考ください。
好不容易写到绵山,就索性再多写几笔吧。请参照绵山观光图

2007年5月山西省の綿山(太原から約150キロ)に行った。行く前にはこの山の名前さえ知らなかった。しかし行って見るととてもきれいな山でもっと多くの人々に知ってほしいと思った。
2007年5月我去了山西省的绵山(距离太原约150公里)。前往之前连此山名都不知道,但去过一看实在太美,我希望让更多的人了解这里。
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三門四柱牌楼―大道綿山碑。1952年に初めて建てられて、1998年に再建された。この辺りは「龍頭寺スポット」という。
三门四柱牌楼―大道绵山碑。始立于1952年,1998年重建。这一带为“龙头寺景区”
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整備された道路
修在山腰中间的车道
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道路の下に宿舎
建在车道下面的宿舍
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この道路が延々と伸びる
此道蜿蜒前伸
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道路の向こう側に山々
车道对面山峰连绵
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朱家凹スポット―この辺りは明の朱家王朝とゆかりのある場所。明太祖朱元璋の父亲朱五四氏がかつてここで修行参拝。
朱家凹景区―这一带都与明代朱家王朝有关。明太祖朱元璋的父亲朱五四曾在这里修行拜灵。
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神棚―朱元璋のお爺ちゃんがここで修行とか。
神龛―据说朱元璋的爷爷在这里修行。
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このあたりで下車
在此下车
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岩に張り付いたホテル―雲峰野苑、前にはガラス張りのエレベーター。
贴在岩石上的酒店―云峰野苑,前方玻璃窗内安置着电梯。
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山にかけた桟道―天梯
挂在山壁的栈桥―天梯
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遠くに聳える望峰門
耸立在远处的望峰门
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実はこの綿山は地元の「コークス」大王閻吉英氏が独自資本で、1995年代から開発を行い、仏教の信仰、道教の道徳育、そして自然観環境に親しむ要素を取り入れたテーマパークになっていると言われた。
据说绵山是由当地的“焦炭大王”阎吉英于1995年开始独资开发,包含佛教信仰、道德教育及亲近自然三大要素的主题公园。
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by tubomim | 2011-04-06 21:49 | 2007年 | Comments(5)
清明節 寒食節 介子推 綿山
日本では国民の休日の中に二十四節気と関連するものが二つある。春分と秋分。中国の国民の休日にも二十四節気と関連するものが一つある。これは「清明節」といい、ちょうどこの二、三日である。全国で三日間の連休に入り、お墓参りをする人が多い。
日本的国民假日中有两个与二十四节气有关,一个是春分一个是秋分。中国的国民假日中也有一个与二十四节气有关,叫作“清明节”,就是最近这两、三天。全国进入三连休,很多人都去扫墓祭典。

「清明節」の前日は「寒食節」と呼ばれる。「寒食節」の由来は春秋時代の忠臣として知られる介子推の故事に由来するとされる。
“清明节”的前一天被称为“寒食节”。“寒食节”来源于春秋时代的著名忠臣介子推的故事。

介子推は国を追われた晋国の公子である重耳が復権するために力を尽くしたが、重耳が帰国して即位(晋の文公)すると、ずっと自分に従って亡命(19年)していた者たちに論功行賞を行い、それぞれ諸侯に封じてやった。介子推は母親と相談して、富貴を求めない決心を固め、綿山に入って隠居した。
介子推为协助被流落异域的晋国公子重耳复权竭尽全力,当重耳回国即位(晋文公)后,对从亡(19年)功臣论功行赏。介子推与母亲商量,决心不言功禄隐居绵山。

晋の文公は自ら捜しにいったが、何日捜しても介子推母子の行方はわからなかった。晋の文公は介子推が親孝行なのを知っていたので、もし綿山に火を放ったならば、きっと母親をたずさえて山から逃げ出してくると思った。無理にでも出てこさせようとして山に火を放し、大火は三日三晩燃えつづけたが、介子推母子は山から出らずに一本の枯れた柳の木に抱きついたまま焼死していた。晋の文公は介子推の固い決意を見抜けなかった自分を悔やみ、綿山に介子推の廟を立て、その命日を「寒食節」と定めて火の使用を禁じたという。
晋文公亲自前去寻找,尽管寻找了多日可是没有发现介之推母子的踪影。晋文公知道介子推是个大孝子,如果放火烧山,介子推一定会搀扶着老母亲从山中出逃。于是为了让他出来就下令放火烧山,大火连烧三天三夜,可是介子推母子并未出山,而是同抱一颗枯柳就这样被烧死了。晋文公悔恨自己没想到介子推会守志不移,就在此依山修建了介子推庙,并将其去世之日定为“寒食节”禁止在这天用火。

綿山は、現在の山西省中部の介休市にある。「介休」の名は介子推の最期の地であったことにちなむ。2007年私はこの綿山に行った。とてもきれいな山、ずっとブログで紹介しようと思ったが、なかなか時間が取れなくて今日とりあえず写真だけUPさせていただきます。
绵山位于山西省中部的介休市。“介休”之名就源于此地为介子推的临终之地。2007年我曾前往这个绵山,那里是一个非常美丽的地方。早就想在博客上介绍一下,可惜一直没有腾出时间,今天借机先晒几张照片。
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リフトで綿山の上部にある介公嶺スポット
乘坐缆车来到绵山高处的介公岭景区
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介公嶺は綿山の魂
介公岭乃绵山之魂
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介子推の墓
介子推墓
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歴代名人が介子推を謳う詩文
历代名人咏介诗文
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介公墓概要
介公墓简介
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by tubomim | 2011-04-05 22:19 | 2011年 | Comments(8)