在日中国人女性の随筆  
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小象2002年夏休み日記の抜粋3(小象2002年暑假日记摘抄3)
2002年7月29日(月曜日)
 お父さんはいつも火曜日に「そーなんだ」という本を買ってくれます。この本はいろいろな知識を教えてくれて、僕のかていきょうしみたいです。僕がならってまた他の人におしえることもあります。だから火曜日が大好き。
7月29日(星期一)
  爸爸每星期二都给我买《そーなんだ(原来如此)》。这本书教给我很多知识,就象一位家庭教师,我学完后有时还去教别人。所以我特别喜欢星期二!

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しろらいほう様がまた小象の宝物を描いてくださいました。ありがとうございました。

これは親子で長年にわたって「製本」した「そーなんだ」です。漫画でかわる不思議な科学。
这是我们父子一起装订了多年的《原来如此》。通过漫画了解不可思议的科学。

2002年8月11日(日曜日)
 はじめてかぞく三人で、東京ドームへ巨人対広島の1軍の試合を見に行きました。すごく込んでいて、自由席ですけど、僕が立ち見する場所がないほど自由ではありませんでした。そこで、お父さんが僕を肩車してくれました。僕は太くてとても重いです、でも、お父さんの子供思いはもっとすごい力なのだなと思いました。
8月11日(星期日)
  一家三个人第一次去看巨人队和广岛队的棒球比赛。人特别的多, 连我站着看的地方都没有,自由席(不指定位子)一点也不自由,。爸爸把我驮在脖子上看球,我很重,但爸爸爱我的心更重。


2002年8月18日(日曜日)
 今日はパパ、ママと三人そろって北海道にきました。まずフラワーランドhttp://www.flower-land.co.jp/というところに行きました。風がとてもつよく、ほそいコスモスが風の中で楽しそうにダンスをしてむかえてくれました。ここから出てからも、また目の前で、コスモスがおどっている感じがしていました。とてもつよい風の中で、きれいなダンスを見せてくれた北海道のコスモスは忘れることが出来ませんでした。

8月18日(星期日)
  今天爸爸,妈妈和我三个人一起来到北海道。先到了花的乐园http://www.flower-land.co.jp/,风很大,细细的秋樱(大波斯菊)在风中欢快地跳着舞欢迎我们。从那里出来后很久她们好像还在我眼前跳呢。忘不了你,大风中为我们表演美丽舞蹈的北海道的秋樱。

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写真を提供していただいた伊藤さん、ありがとうございました!
小象(8岁)
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by tubomim | 2006-07-31 07:39 | 2002年
小象2002年夏休み日記の抜粋2(小象2002年暑假日记摘抄2)
2002年7月26日(金曜日)
 歯医者に行くとちゅうにあるおばあちゃんが「駅へはどういけばいいでしょうか」と僕にききました。「同じ方向なので、一緒にいきましょう」と言いました。駅についたら「案内してくれてありがとう」とおばあちゃんに何回も言われてうれしくて、人の役にたててよかったと思いました。すこし大人の気分になりました。
7月26日(星期五)
  去牙科医院的路上,一位老奶奶问我去车站怎么走。我说:“我也去车站方向,一起走吧”把她送到车站后,老奶奶感谢我好几次。能够给别人帮上忙,我心里特别高兴,好像跟大人一样的感觉。


2002年7月27日(土曜日)
 今日は今までに見たことのない急なさか道を登りました。汗をながしながら、登っていた僕あたまを上げてみると、上から降りてくる人はあたまをあげて、ぶらぶらしながら、とても楽そうに見えました。僕はきついですけど、上にむかっています。彼は楽ですけど、下にむかっています。どんなことでも同じですが、上に行くときこそ力がひつようだと僕は考えました。ちなみにこの坂道は聖マリアンナ病院のうらの方にあります。
7月27日(星期六)
  今天爬了一个从没见过的大斜坡。流着满头大汗的我,抬头一看,前面下坡的人扬着脸溜溜达达可真轻松。一边继续爬,我一边想,虽然我很累,可我是在向上的,他很轻松,可他是向下的。什么事情都是这样,向上时才需要努力。对了,这个大斜坡在圣マリアンナ病院(圣玛力安娜医院)的后面。


2002年7月28日(日曜日)
 夜ママと一緒にアルナ園のゆうすずみ会に行きました。僕はぼんおどりをずっとおどりました。自分だけが楽しむのではなくて、おじいちゃんやおばあちゃんもみんな拍手してくれました。僕はすでに3年れんぞくできています。
7月28日(星期日)
  晚上我和妈妈去了アルナ園(养老院)的纳凉大会。我一直在跳舞,不光自己高兴,老爷爷、老奶奶都高兴地为我们拍手。我已经连续参加3年了。

小象(8歳)
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アルナ園のゆうすずみ会に参加した5歳の小象
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白雷峰先生又为小象画像了,神态逼真!
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by tubomim | 2006-07-29 14:30 | 2002年
小象2002年夏休み日記の抜粋1(小象2002年暑假日记摘抄1)
 今週から小象がまた夏休みに入りました、4年前に小象が書いた夏休み日記の一部をここに載せさせていただきます。訳文の中国語は当時親子の共同作業です。       
  这周开始小象又放暑假了,把小象4年前写的一部分暑假日记摘抄在这里,中文译文是当时母子两人的共同合作。

2002年7月22日(月曜日)
 午後にドーナツのお店にいきました。今回僕はやっと10点のポイントをあつめて、よろこんで、カウンターまでいって、景品をもらいました。席にもどるとちゅうに、一人のお爺ちゃんがラッキーカードをくれようとしましたが、僕はことわりました。それは他の人のものをもらってはいけないし、自分の力でやらなければいけないと思ったからです。
 しかし、席に座った僕の気持ちはどうもおちつきません。先ほどのあのお爺ちゃんにさみしい気持ちをさせてしまったのではないかと思いました。いろいろかんがえて、悩んだ末に、僕は思い切って、相手の前にいって、「先ほどは、すみませんでした。ほかの人のものをもらってはいけないと思っていたからです。ご親切にありがとうございました。」とあやまりました。そのおかげで、心がすっきりしました。でも言い出すゆうきがわいてくるまで苦労しました。
7月22日(星期一)
  下午去吃了ドーナツ(唐钠滋), 这次我终于攒够幸运卡的10分了,就高高兴兴地去柜台领了奖品。回到坐位的途中,有位老爷爷要把他的幸运卡给我,可是我没要。因为我想不能要别人的东西,要靠自己的力量。
  可是,我坐下后,心里总是不痛快,因为我觉得刚才可能让那位老爷爷伤心了。想来想去最后我一下站起来,走到那位老爷爷前面,对他说:“刚才对不起!因为我觉得不应该拿别人的东西。但是我要谢谢您的好意”说出来后,心里真痛快!但好不容易才有了这个说出来的勇气。

7月22日(星期一)
  下午去吃了ドーナツ(唐鈉滋), 這次我終於攢夠幸運卡的10分了,就高高興興地去櫃檯領了獎品。回到坐位的途中,有位老爺爺要把他的幸運卡給我,可是我沒要。因為我想不能要別人的東西,要靠自己的力量。
  可是,我坐下後,心裏總是不痛快,因為我覺得剛才可能讓那位老爺爺傷心了。想來想去最後我一下站起來,走到那位老爺爺前面,對他說:“剛才對不起!因為我覺得不應該拿別人的東西。但是我要謝謝您的好意”說出來後,心裏真痛快!但好不容易才有了這個說出來的勇氣。

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2002年7月25日(木曜日)
 今日スイミングスクールが終わって、みんながエレベーターに乗り、下へおりました。何人かの大きな子がはしゃいだせいかエレベーターはゆれました。そこで僕は「静かにしてください!」と言いました。それで、「しーん」とみんなが静かになりました。しかし自分より大きな彼らをみて、僕の心はどうも「ドキドキ・ドキドキ」して静かにはなれませんでした。やっとついて降りたら、あるお母さんが僕のあたまをなでて、「僕は何年生ですか」と聞きました。「2年生です」と答えたら「りっぱですね!」とほめてくれました。僕はほんとうにりっぱなのかと思いながら、リュックをもってサッサとうちへ走ってかえっていきました。
7月25日(星期四)
  今天游泳班下课后,大家坐电梯下楼,有几个大孩子在里面打闹,闹得电梯都摇晃了,我就大声说:“请安静点儿!” 结果一下全安静了。可是望着比我高大的他们几个,我心里“咚咚、咚咚”地安静不下来了。终于到了,下了电梯有位妈妈摸着我的头问我:“几年级的”,我说:“二年级的”她说:“你真棒!”我是真棒吗?背着包赶紧往家跑。。

7月25日(星期四)
  今天游泳班下課後,大家坐電梯下樓,有幾個大孩子在裏面打鬧,鬧得電梯都搖晃了,我就大聲說:“請安靜點兒!” 結果一下全安靜了。可是望著比我高大的他們幾個,我心裏“咚咚、咚咚”地安靜不下來了。終於到了,下了電梯有位媽媽摸著我的頭問我:“幾年級的”,我說:“二年級的”她說:“你真棒!”我是真棒嗎?背著包趕緊往家跑。

小象(8歳)
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by tubomim | 2006-07-27 07:25 | 2002年
父を連れてブログに入る(我带老爸进博客)
 私は今年の年初にブログを開設した。すぐにそのことを実家に話したが、始めたばかりの頃は父や母がいつもブログによる悪い影響を受けないようにと言っていたのである。しばらくしたある日、突然、私の文章の下に父のメッセージがあるのを発見した!“日本語もわからないのにどうやって潜り込んできたのですか?これは日本語のサイトですよ。”“研鑽というのは研究しながら潜ることでしょう。数個のひらがなぐらいが私をさえぎることはできません。”このようにして私と父が顔を会わせる場所がヤフーメッセンジャー、MSN、Skype以外にもう一つ増えたのである。
  今年年初我开设了博客,随即告诉了家里, 刚开始爸爸妈妈总是提醒我要注意博客会带来的负面影响。一天我突然在我的文章下面发现了爸爸的留言!“您不懂日文,是怎么钻进来的?我这里可是日文的网站呀。”“钻研钻研一边钻一边研嘛,几个假名挡不住我。”就这样我与老爸见面的场所除了雅虎通、MSN、Skype外又多了一个地方――我的博客。
  今年年初我開設了博客,隨即告訴了家裏, 剛開始爸爸媽媽總是提醒我要注意博客會帶來的負面影響。一天我突然在我的文章下面發現了爸爸的留言!“您不懂日文,是怎麼鑽進來的?我這裏可是日文的網站呀。”“鑽研鑽研一邊鑽一邊研嘛,幾個假名擋不住我。”就這樣我與老爸見面的場所除了雅虎通、MSN、Skype外又多了一個地方――我的博客。
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 父のコメントの内容も次第に豊富になってきた。ある日、私は父のコメントに書かれているのが父の小さい時の思い出であることに気づいた。これは非常におもしろいと思い、自分が利用している日本語のサイト内で新規ブログを開設し、そのままSkypeの「チャット送信」機能で向こうに送り、父にこれを開かせたのである。

私が「父さん、試しにブログを書いてみたら。思い出をブログに書き込めばいい。」と言うと、

父は「私ができるわけがないでしょう。」と言い、

私が「お父さんだったらきっとできます。私についてきて。」今回もきっとできると思った。なにせ自分の父親のことを私はよく知っているから。

1、「上の方に『ログイン』というのが見えましたね、まずそこから入りましょう。」
「この『ログイン』の頭文字は私たちの『口』という漢字ですね。ここを『入口』にすればいいよね。」と父親が発見した。
「その通りです!」
2、私は「入って、その後、IDを入力して、」と続けて教えた。
3、「IDの下はパスワードでしょう。」と父は教わらなくともわかっていた。
私はSkypeに向かい「その次はもう漢字ですよ。」と言った。
4、「投稿」
5、「送信」
 ……
「送信しましたよ!」とSkypeの向こうから父の声が聞こえた。
  爸爸留言的内容渐渐丰富了起来,直到有一天我发现爸爸的留言里写到了他小时候的回忆。我觉得写得挺有意思,于是就在我利用的日文网站里开设了一个新的博客,随手从Skype的「即时消息」送过去,让爸爸打开。

“爸爸您也写写博客吧,把您的回忆写进去。”

“我哪行?”

“您肯定行! 跟我来!”我太了解我老爸了。

1,“您看到上方有个「ログイン」吧?先从这里进去。”
爸爸发现:“这个「ログイン」第一个字是咱们的「口」字,这里就是「入口」呗。”
“对!”
2,我继续指点:“进去以后填写ID。”
3,“ID的下面就是密码吧?”爸爸不点自通了。
我对着Skype讲:“接下来就是汉字了。”
4,「投稿」
5,「送信」
。。。
“送信了!”Skype那边传来了爸爸的声音。

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  爸爸留言的內容漸漸豐富了起來,直到有一天我發現爸爸的留言裏寫到了他小時候的回憶。我覺得寫得挺有意思,於是就在我利用的日文網站裏開設了一個新的博客,隨手從Skype的「即時消息」送過去,讓爸爸打開。

“爸爸您也寫寫博客吧,把您的回憶寫進去。”

“我哪行?”

“您肯定行! 跟我來!”我太瞭解我老爸了。

1,“您看到上方有个「ログイン」吧?先从这里进去。”
爸爸发现:“这个「ログイン」第一个字是咱们的「口」字,这里就是「入口」呗。”
“對!”
2,我繼續指點:“進去以後填寫ID。”
3,“ID的下面就是密碼吧?”爸爸不點自通了。
我對著Skype講:“接下來就是漢字了。”
4,「投稿」
5,「送信」
。。。
“送信了!”Skype那邊傳來了爸爸的聲音。

 私はさっそくそれを開いてみたら、父は本当にたいしたものだと思った。日期:5月25日。タイトル:「スタートした」。内容:「私のブログが今日から始まる。少しずつ勉強し、少しずつ記述し始めたいと思う。」このように英語もできず日本語も分からず、ピンインすら習っておらず、そのうえ文章を書くことも得意というわけでもない70歳の私のあの父が新たにブログという場所でよろよろとした足跡を残し始めたのである。この足跡はだんだん大きくなり、さらに堅実になっていることに私は気づいていた。間違いなく、これは私の父親の足跡だ!信じられなければ確認してください。私よりずっとまめなのであろう。ブログの名前は「年紀大了慢慢来」http://manmanlai8.exblog.jp/。これは父をブログに連れてくる途中に二人の会話の中で最も多く使われた言葉だから。

  我急忙打开一看,老爸真不简单。日期:5月25日,题目:《开始了》,内容:“我的博客今天开始。从点点滴滴开始学习,开始记述。”就这样我那既不会英语,又不懂日语,也没学过拼音,更不擅长写文章的70岁的老爸又在博客上留下了他蹒跚的脚印。我发现那脚印越来越大越来越坚实,没错!这就是我老爸的脚印。不信您可以看看是不是比我勤快多了。博客的名字就叫《年纪大了慢慢来》http://manmanlai8.exblog.jp/,因为这是我带老爸进博客过程中两人对话中里用的最多的一句。
  我急忙打開一看,老爸真不簡單。日期:5月25日,題目:《開始了》,內容:“我的博客今天開始。從點點滴滴開始學習,開始記述。”就這樣我那既不會英語,又不懂日語,也沒學過拼音,更不擅長寫文章的70歲的老爸又在博客上留下了他蹣跚的腳印。我發現那腳印越來越大越來越堅實,沒錯!這就是我老爸的腳印。不信您可以看看是不是比我勤快多了。博客的名字就叫《年紀大了慢慢來》http://manmanlai8.exblog.jp/,因為這是我帶老爸進博客過程中兩人對話中裏用的最多的一句。
2006年7月17日
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by tubomim | 2006-07-23 10:09 | 2006年
大学教師の定年生活5(中国大学退休老师的生活5)
  合唱団の練習も終わり、数人の先生が事務所に入ってきた。

 靳先生(女性、69歳、物理専攻)は合唱団の団員でもありながら、舞踊倶楽部のメンバーでもある。また同時に古箏倶楽部のリーダも担当している。
 「火曜日~金曜日は毎日練習があり、日曜日にはまた講義もある。家では家事以外に練習する時間すら足りないので、寂しいとか、いらいら、むしゃくしゃ、ぶつぶつ、ふにゃふにゃする暇があるわけはない。」と部屋中に彼女の声が充満した。「当初家族もなかなか理解してくれなかったが、そこで私は先に処置して、事後承諾すること「中国語:先斩后奏」にした。今はもう大丈夫、夫も一緒に調音器を買い付けにともにしてくれるようになった。多くのメンバーが使っている古箏も子供たちが2000元も出して買ってくれたものである。」
 「古箏を練習するきっかけはただ当時12台の古箏を只で貸してくれる人がいたからである。実は私たちはいままで誰も古箏なんか触ったことがない。自分に挑戦するためにこんどこそこのチャンスを捕まえた。結果として……」言わなくても、彼女の輝かしい笑顔から私は古箏で演奏した晩年の風采を捕まえることができた!

 蔡先生(男性、66歳、自動化専攻)は管弦楽団のトランペットを担当しながら、合唱団の団員でもある。週に4回を練習し、すでに4年半も続けてきた。
 「このような専門練習に参加することは健康にいいだけではなく、精神的にもとてもよい。」合奏にしても合唱にしてもみんなの完璧な協力を通じて完成するものである。お互いに交流、感知、補助、包容……練習は私たち一人一人を繋げた。これは現役時代に経験したことのない初体験である。」
 「同時に私たちも絶えず勉強しなければならない。専門知識、技法以外にCD-ROMやMP3……など習うものが多い。走ってついていくしかないので、年をとろうと思ってもとる暇もない。」

  梁先生(女性、58歳、物理専攻)はここではみんなの妹にあたる。もともと歌や踊りがすきな彼女はここによく通うほかの理由も教えてくれた。「先生が教えるのは上手、団員の関係はとてもいい、ここで多くの人々と知り合い、情報交換もできるし、悩みの解消もできる。だからここにくるのがすきなのです。」
 「私たちの邢先生はいつも練習する前に私たちのためにいろいろ準備してくれる。練習途中も前後でいったりきたりして、即時に問題を解決してくれる。誰の一本の電話、誰の家のわずかのこと、彼は八方手を尽くして、解決してくれる。たとえば練習の経費が足りない場合に邢先生がなんとかして外部の授業を私たちが担当するよう手配してくれた。」なぜこのように熱心にできるのかと邢先生に聞いたら、「気持ちをこめて、こころでやる。」
 
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 ここまでしゃべって、梁先生急に時計を見て、お母さんを病院に連れて行くために失礼を告げた。もちろんこの中に家にもどってまた孫の面倒を見ないといけない人もいる。これも先生たちの生活の一部でもある。

 みんなは生活を愛している人々である、彼らの目には消極と悲観はないから。彼らはみんな輝いた過去をもっているが、しかし誰も後ろを振り返って失意を引き起こすことなく、前に向かって希望と愉快を求めている。ここで彼ら一人一人の若い心境に無数の楽しく飛び跳ねている音符が見え、日々の楽しい生活の中で美麗な交響曲を演奏しているのを感じられる。

備考:ここで紹介したのはただ中国北京市のある普通の大学の定年になった先生の生活ぶりである。「退職事務所」の邢先生によれば全国各地の大学教師の生活待遇は地域差額以外にほぼ同じである。中、小学校の先生を含み、退職した先生の生活待遇は中国のほかのセクターと比べると良いほうだといえる。この学校みたいにみんなが愉快、健康そして充実した老後を過ごせるかどうかは各学校側の重視程度、財政実力及び個人の状況によるものである。

「教師の日」:中国の新学期は日本と違い、毎年の9月に始まる。教師を尊敬し、教師の光栄感と責任感を高めるため1985年に中国人民大会は毎年の9月10日を「教師の日」に定めた。(教師jiaoshiと9.10jiushiの発音も似ている)

  合唱团的练习结束了,几位老师来到工作处。
  靳老师(女,69岁,物理专业)。既是合唱团的团员,又是舞蹈队的队员,同时还担任古筝队的队长。
  “星期二~星期五每天有练习,星期天还得出去上课。在家除了家务外练习时间还不够呢,哪有时间寂寞、烦恼、怄气、生病呢?”只听见屋里回荡着靳老师爽朗的笑声。“家里人刚开始也不理解,我就先斩后奏,现在好了,老伴还陪着我去买调音器呢。我们很多队员的古筝就是自己的孩子花2000多元给买的。”
  “开始练习古筝只是因为当初有人愿意借给我们12把古筝,其实我们以前谁也没摸过古筝,但我们这次却要抓住这个机会挑战一下自己,结果......”我已经从她那灿烂的笑容中捕捉到了古筝演奏出的晚年丰采!

  蔡老师(男,66岁,自动化专业)。现在担任乐队的小号手,同时还是合唱队的队员。一周参加4次活动,坚持4年半了。
  “参加这样的专业练习除了对身体好以外,对心态也特别有好处。不管是合奏还是合唱,都要通过大家完美的合作才能完成.。相互交流,相互感应,相互弥补,相互包容……练习把我们每一个人紧紧地连接在一起,这还是现役时未曾经历过的初次体验呢。”
  “同时要求我们还得不断地学习,除了专业知识、技巧的学习外,CD-ROM、MP3……要学的太多了,只能跟着往前跑,想老也不敢老。”

  梁老师(女,58岁,物理专业)。是这里的小妹妹,除了原来就喜欢唱歌、舞蹈外,她认为这里老师教得好,团员关系好,可以结识朋友,交换信息,消除烦恼,所以特别爱往这里跑。
  “我们的邢老师每次练习前都帮我们准备好,练习中总是跑前跑后,及时帮助解决各种问题。谁的一个电话、谁家一点小事,他都会想方设法帮你排忧解难。比如我们练习经费不够,邢老师就想办法帮助我们联系去校外教课。”问邢老师为什么能如此热心投入,他说:“把心贴上去,用心办事。”
  说到这里梁老师突然看看手表告辞了,因为她要陪老母亲去看病,当然有的老师回家后还要去看孙子,这也是他们生活的一部分。

  看得出他们都是热爱生活的人,他们的眼里没有消极与悲观,只有激情与活力。他们都有着辉煌的过去,但他们没有向后看去招惹失落,而是向前去寻找希望与快乐。在这里你可以感到他们那一颗颗年轻的心胸,跳动着无数欢快的音符,一天天快乐的生活,演奏着多少美妙的交响曲。

  备注: 这里介绍的只是中国北京一所普通大学的退休老师的生活情况。据「大学离退休工作处」邢老师介绍,全国各地大学老师的生活待遇除地区差别外基本差不多。包括中小学老师在内,在中国退休老师的生活待遇与其他行业相比较应该是不错的。至于是否能够都象北京工商大学的退休老师们这样高兴、健康、充实地度过晚年,就要看每个学校的重视程度、财政实力及个人的具体情况了。

  《教师节》:中国的新学期与日本不同,是在每年的9月开学。为了开展尊师活动,提高教师的光荣感与责任感,1985年中国全国人民代表大会通过,将每年的9月10日规定为《教师节》。(教师与9。10的发音也类似)


  合唱團的練習結束了,幾位老師來到工作處。
  靳老師(女,69歲,物理專業)。既是合唱團的團員,又是舞蹈隊的隊員,同時還擔任古箏隊的隊長。
  “星期二~星期五每天有練習,星期天還得出去上課。在家除了家務外練習時間還不夠呢,哪有時間寂寞、煩惱、慪氣、生病呢?”只聽見屋裏回蕩著靳老師爽朗的笑聲。“家裏人剛開始也不理解,我就先斬後奏,現在好了,老伴還陪著我去買調音器呢。我們很多隊員的古箏就是自己的孩子花2000多元給買的。”
  “開始練習古箏只是因為當初有人願意借給我們12把古箏,其實我們以前誰也沒摸過古箏,但我們這次卻要抓住這個機會挑戰一下自己,結果......”我已經從她那燦爛的笑容中捕捉到了古箏演奏出的晚年丰采!

  蔡老師(男,66歲,自動化專業)。現在擔任樂隊的小號手,同時還是合唱隊的隊員。一周參加4次活動,堅持4年半了。
  “參加這樣的專業練習除了對身體好以外,對心態也特別有好處。不管是合奏還是合唱,都要通過大家完美的合作才能完成.。相互交流,相互感應,相互彌補,相互包容……練習把我們每一個人緊緊地連接在一起,這還是現役時未曾經歷過的初次體驗呢。”
  “同時要求我們還得不斷地學習,除了專業知識、技巧的學習外,CD-ROM、MP3……要學的太多了,只能跟著往前跑,想老也不敢老。”

  梁老師(女,58歲,物理專業)。是這裏的小妹妹,除了原來就喜歡唱歌、舞蹈外,她認為這裏老師教得好,團員關係好,可以結識朋友,交換資訊,消除煩惱,所以特別愛往這裏跑。
  “我們的邢老師每次練習前都幫我們準備好,練習中總是跑前跑後,及時幫助解決各種問題。誰的一個電話、誰家一點小事,他都會想方設法幫你排憂解難。比如我們練習經費不夠,邢老師就想辦法幫助我們聯繫去校外教課。”問邢老師為什麼能如此熱心投入,他說:“把心貼上去,用心辦事。”
  說到這裏梁老師突然看看手錶告辭了,因為她要陪老母親去看病,當然有的老師回家後還要去看孫子,這也是他們生活的一部分。

  看得出他們都是熱愛生活的人,他們的眼裏沒有消極與悲觀,只有激情與活力。他們都有著輝煌的過去,但他們沒有向後看去招惹失落,而是向前去尋找希望與快樂。在這裏你可以感到他們那一顆顆年輕的心胸,跳動著無數歡快的音符,一天天快樂的生活,演奏著多少美妙的交響曲。

  備註: 這裏介紹的只是中國北京一所普通大學的退休老師的生活情況。據「大學離退休工作處」邢老師介紹,全國各地大學老師的生活待遇除地區差別外基本差不多。包括中小學老師在內,在中國退休老師的生活待遇與其他行業相比較應該是不錯的。至於是否能夠都象北京工商大學的退休老師們這樣高興、健康、充實地度過晚年,就要看每個學校的重視程度、財政實力及個人的具體情況了。

  《教師節》:中國的新學期與日本不同,是在每年的9月開學。為了開展尊師活動,提高教師的光榮感與責任感,1985年中國全國人民代表大會通過,將每年的9月10日規定為《教師節》。(教師與9。10的發音也類似)
2005年6月21日
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by tubomim | 2006-07-22 16:53 | 2005年
大学教師の定年生活4(中国大学退休老师的生活4)
  管弦楽団――この北京市唯一の高齢者管弦楽団のことを言うと、邢先生は次のように振り返ってみた。
 三年前に学校の学生たちが流行音楽に流されたため使わずにおかれた管弦楽器を見て、退職先生の管弦楽団を設立することが私の念頭に浮かんできた。みんなでいろいろ検討したが、もっとも心配しているのは高齢者の体はこれに適うかどうか。しかししばらくの練習を通じて、肯定の結果を得た。
 合唱団の団員、管弦楽団団長である鄭先生(男性、69歳、機械専攻)は次のように紹介してくれた。演奏する際は目で楽譜を見ながら、脳で楽譜の要求にしたがって指を動かす。また胸腹式で気流を吹きだし、舌先で気流の通過をコントロールする。耳を通じて、自分が吹き出した音の音調、強さ、長さ及び音色などを確認する。これらはすべて老化防止のいい鍛えである。しばらくの練習を通じて、みんなは確かに体質が改善されたことを実感して、練習時間も当初の30分から2時間まで延長した。
 管弦楽団のために学校側がわざわざ軍楽団からプロの先生を招聘してくれた(写真11参照)。このように先生の親切そして忍耐力のある指導の下で、いままで一度も楽器を触れたことのない退職の先生たちはやっと最初の産声を吹き出した!
3年間のうちに倶楽部は拡大し、今ではすでに60名近くまで増えてきた。最年長は74歳で、最年少も52歳になった。すでに30数曲の国内外の名曲を演奏することができ、外部出演も20回以上あった。
 鄭先生は最近の思い出にふけっていた。これは今年の4月のことであった。2000人も参加した北京教育分野高齢者運動大会に興を添えるために私たちも誘われた。百名以上の運動員が私たちの周りに集まってきて、みんなの目には羨望と敬意の眼差しが溢れていた。「歌声と微笑み」という曲を演奏する際に多くの人々が手拍子をしながら、演奏にしたがって大きな声で歌いだした。「私の歌を君の家に連れていって……」と会場内外にこの歌声と微笑みが満ち、なんとあの運動会の独特な場面になった。
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軍楽団のプロ先生

  提起管乐团――这支北京市唯一的老年人管乐团。邢老师回忆说:3年前看到学校有些由于学生喜好流行音乐而闲置起来的管弦乐器,就萌发了组织老年人管乐队的念头。大家讨论了半天,最担心的是退休老师的身体是否能适应,但通过一段时间的练习,得到了肯定的答复。
  合唱团的团员、管乐团的团长郑老师介绍:(男,69岁,机械专业)演奏时眼睛看乐谱,大脑根据乐谱的要求指挥手指去按键、去击鼓,用胸腹式方法吹出气流,用舌尖控制气流的通过,通过耳朵听取你自己吹出的音调、强弱、长短和音色……这些都是很好的防老锻炼。经过一段时间的练习后大家都感到体质有所改善,练习时间也由最初的半小时逐渐延长到2个小时。
  从未接触过乐器的离退休老师们就这样,在学校为管乐团请来的军乐团专业老师热心、耐心的启蒙指导下,终于吹出了第一声!两年间队伍不断扩大,现在已经发展到近60人,年龄最大的74岁,最小的52岁。能够熟练地演奏30多首中外名曲,对外演出20多场。
  郑老师回味道,今年4月北京教育系统2000多名运动员参加的老年人趣味运动会也邀请他们前去助兴。上百名运动员围在他们旁边,眼里充满了羡慕与佩服。当他们演奏《歌声与微笑》时许多观众一面拍着节拍,一面随着他们的演奏高声地唱起来。“请把我的歌带回你的家……”场内外一片歌声,一片微笑,成了运动会的一道独特景观。

  提起管樂團――這支北京市唯一的老年人管樂團。邢老師回憶說:3年前看到學校有些由於學生喜好流行音樂而閒置起來的管弦樂器,就萌發了組織老年人管樂隊的念頭。大家討論了半天,最擔心的是退休老師的身體是否能適應,但通過一段時間的練習,得到了肯定的答復。
  合唱團的團員、管樂團的團長鄭老師介紹:(男,69歲,機械專業)演奏時眼睛看樂譜,大腦根據樂譜的要求指揮手指去按鍵、去擊鼓,用胸腹式方法吹出氣流,用舌尖控制氣流的通過,通過耳朵聽取你自己吹出的音調、強弱、長短和音色……這些都是很好的防老鍛煉。經過一段時間的練習後大家都感到體質有所改善,練習時間也由最初的半小時逐漸延長到2個小時。
  從未接觸過樂器的離退休老師們就這樣,在學校為管樂團請來的軍樂團專業老師熱心、耐心的啟蒙指導下,終於吹出了第一聲!兩年間隊伍不斷擴大,現在已經發展到近60人,年齡最大的74歲,最小的52歲。能夠熟練地演奏30多首中外名曲,對外演出20多場。
  鄭老師回味道,今年4月北京教育系統2000多名運動員參加的老年人趣味運動會也邀請他們前去助興。上百名運動員圍在他們旁邊,眼裏充滿了羡慕與佩服。當他們演奏《歌聲與微笑》時許多觀眾一面拍著節拍,一面隨著他們的演奏高聲地唱起來。“請把我的歌帶回你的家……”場內外一片歌聲,一片微笑,成了運動會的一道獨特景觀。
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by tubomim | 2006-07-21 20:40 | 2005年
大学教師の定年生活3(中国大学退休老师的生活3)
  「退職事務所」で私は合唱団の募集チラシに目を通した。
 魅惑なタイトル:歌好きの人は年を取らない
 「常に人間を感動させるものがあり、これは青春の力である。常にわれを忘れさせる言葉があり、これは美妙な歌声である。歌っている先輩から私たちは青春の息吹と不老の気持ちが感じられ、彼らの晩年生活の中から私たちは詩みたいな豪放さを味わうことができる。
 歌声は励ましであり、人間の意欲を高揚させ、胸中を率直に述べさせることができる。歌声はまたラッパであり、人々を前進させ、志を新たにさせることができる。歌声はまた良薬でもあり、憤懣を解消し、胸の鬱憤を放出することができる。歌声はまた架け橋でもあり、人間同士の愛情、友情をつなげることができる。
 歌声は永遠に涸れない快楽の源泉であり、歌声は全人類の共通の財産でもある。いたるところで歌声が響きあえば、無限な楽しさを所有することになる。いつも歌声の中で生活すれば、あなたは最も大きな長者になっている。きらきら夕焼けの中で発奮し、声高らかに命の輝きを歌おう。」
 なんといいことを書いている!私は先ほど講堂でみんなが歌っているのを見た際に感じたのはまさにこのような感動であり、このような興奮であった。

 ここで私はまた一枚の最近の勝報に目を通した。
1.ビリヤードチーム:北京市第20回高齢者ビリヤード団体チャンピョン、個人第6位、第7位。
2.卓球チーム:北京教育分野高齢者卓球男子団体チャンピョン。
3.合唱団:……
4.管弦楽団:……
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                    合唱団のステージ
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                  管弦楽団のステージ

  在「离退休工作处」我看到了一张合唱团组织活动的通知。
题目诱人:爱唱歌的人不会老  
  有一种东西总让人感动,那就是青春的力量;有一种语言总让人忘情,那就是美妙的歌声。从正在唱歌的老人身上,我们可以感受到青春的气息和不老的情怀;从他们的晚年生活中我们可以领略到诗一样的豪放。
  歌声是一种激励,她能使人情绪饱满,直抒胸臆;歌声又是号角,可以催人奋进,矢志不移;歌声更是一剂良药,可以解释郁闷,消除心中的块垒;歌声还是一架桥梁,连接着人间的亲情、爱情与友情。
  歌声是永不枯竭的快乐源泉,歌声是全人类的共同财富。处处有歌声相伴,你便拥有无尽的快乐;时时生活在歌声中,你就是最大的富翁。让我们在灿烂的晚霞中奋发,引吭高歌生命的辉煌。
  写得多好!我刚才在礼堂里听大家唱歌时真的就是这样的感受,这样的冲动。

  在这里我还看到了一张打印的近期捷报:
1.台球队荣获北京市第20届老年人台球赛团体冠军,个人第6名、第7名。
2.乒乓球队荣获北京教育系统老年人乒乓球男子团体冠军。
3.合唱团……
4.管乐团……


  在「離退休工作處」我看到了一張合唱團組織活動的通知。
題目誘人:愛唱歌的人不會老  
  有一種東西總讓人感動,那就是青春的力量;有一種語言總讓人忘情,那就是美妙的歌聲。從正在唱歌的老人身上,我們可以感受到青春的氣息和不老的情懷;從他們的晚年生活中我們可以領略到詩一樣的豪放。
  歌聲是一種激勵,她能使人情緒飽滿,直抒胸臆;歌聲又是號角,可以催人奮進,矢志不移;歌聲更是一劑良藥,可以解釋鬱悶,消除心中的塊壘;歌聲還是一架橋梁,連接著人間的親情、愛情與友情。
  歌聲是永不枯竭的快樂源泉,歌聲是全人類的共同財富。處處有歌聲相伴,你便擁有無盡的快樂;時時生活在歌聲中,你就是最大的富翁。讓我們在燦爛的晚霞中奮發,引吭高歌生命的輝煌。
  寫得多好!我剛才在禮堂裏聽大家唱歌時真的就是這樣的感受,這樣的衝動。

  在這裏我還看到了一張列印的近期捷報:
1.檯球隊榮獲北京市第20屆老年人台球賽團體冠軍,個人第6名、第7名。
2.乒乓球隊榮獲北京教育系統老年人乒乓球男子團體冠軍。
3.合唱團……
4.管樂團……
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by tubomim | 2006-07-19 20:46 | 2005年
大学教師の定年生活2(中国大学退休老师的生活2)
  取材と聞いて「それならぜひ私たちの大黒柱である「退職事務所」の親切な邢先生を取材してください。彼がいなかったら今ほどのにぎやかぶりはないでしょう。」と全員一致で推薦した。すると私はみんなが歌を練習している間を利用して、この邢先生(男性)を取材した。
  邢先生の話によると、この大学の在校生は10000人を超え、在職している先生は1200名ぐらいいる。そのほかに700名あまりの退職先生もいる。そのうち2/3は校内で、1/3は校外に住んでいて、最年長はすでに93歳になっている。日本と違い、中国の場合は定年になった先生の生活はすべて大学の専門機構である「退職事務所」に任せており、ここには7名のスタッフがいる。
  特別のケース以外に中国での大学教師は男性60歳、女性55歳で一律に退職することになる。退職した先生たちの住宅はほとんど100平米前後あり、給料も一部の手当て以外は現役の時とほぼ同じ、2000元~2500元/月、医療費の9割~全額も社会医療保険が負担することになっている。何も心配のない悠々生活のはずであるが、しかしもっとも怖いのは寂しさである。いかに先生たちに愉快で、健康で、充実した毎日を過ごさせるかは邢先生たちのお仕事である。
  「退職事務所」は毎年春と秋に一回ずつ遠足を主催し、毎回400~500名の参加者もいる。チャーターバスが学校から出発すると堂々と郊外に流れていき、にぎやかな談笑声があちこちに渦巻いている。
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                           りんご狩り 
 そのほかに管弦楽、合唱、卓球、ビリヤード、ゲート・ボール、京劇、古箏、ファッションモデル、舞踊、絵、凧、手芸など12の倶楽部ができた
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                           凧倶楽部
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                          古筝倶楽部  
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                          手芸倶楽部 
  听说我要写退休老师生活的报导,大家就一致推荐∶“要写就先写咱们的主心骨、热心人――学校「离退休工作处」的邢老师,没他今天我们就没这么热闹。”于是我就利用大家练歌的时间先采访了这位邢老师(男)。
  据邢老师介绍,这所大学的在校学生10000多名,在职老师1200多位。此外还有700位退休老师。其中2/3住在校内,1/3住在校外,年龄最大的93岁。与日本不同,在中国这些退休老师的生活都由大学的专门机构「离退休工作处」负责,这里共有工作人员7名。
  除个别特殊的情况外,中国的大学规定男老师60岁,女老师55岁一律退休。退休老师的住房大都在100平方米左右,基本工资与现役时一样平均每人2000元~2500元左右,医疗费的90%~100%也由社会医疗保险部门承担,逢年过节还有补助。可谓生活上无忧无虑,但退休老师们最怕的就是寂寞。如何让这些退休老师高兴、健康、充实地过好每一天,这就是邢老师他们的工作。
  「离退休工作处」每年春秋各组织一次退休老师的郊游,每次都有400~500人参加。大巴士从学校开出去,一路上浩浩荡荡,走过的地方撒下一片片欢声笑语。
  此外还组织了管乐、合唱、乒乓球、台球、门球、古筝、京剧、时装模特、舞蹈、手工、绘画、风筝12个团队。大约有300多人参加,有的一人参加多种活动。(参照练习时的照片)


  聽說我要寫退休老師生活的報導,大家就一致推薦∶“要寫就先寫咱們的主心骨、熱心人――學校「離退休工作處」的邢老師,沒他今天我們就沒這麼熱鬧。”於是我就利用大家練歌的時間先採訪了這位邢老師(男)。
  據邢老師介紹,這所大學的在校學生10000多名,在職老師1200多位。此外還有700位退休老師。其中2/3住在校內,1/3住在校外,年齡最大的93歲。與日本不同,在中國這些退休老師的生活都由大學的專門機構「離退休工作處」負責,這裏共有工作人員7名。
  除個別特殊的情況外,中國的大學規定男老師60歲,女老師55歲一律退休。退休老師的住房大都在100平方米左右,基本工資與現役時一樣平均每人2000元~2500元左右,醫療費的90%~100%也由社會醫療保險部門承擔,逢年過節還有補助。可謂生活上無憂無慮,但退休老師們最怕的就是寂寞。如何讓這些退休老師高興、健康、充實地過好每一天,這就是邢老師他們的工作。
  「離退休工作處」每年春秋各組織一次退休老師的郊遊,每次都有400~500人參加。大巴士從學校開出去,一路上浩浩蕩蕩,走過的地方撒下一片片歡聲笑語。
  此外還組織了管樂、合唱、乒乓球、檯球、門球、古箏、京劇、時裝模特、舞蹈、手工、繪畫、風箏12個團隊。大約有300多人參加,有的一人參加多種活動。(參照練習時的照片)
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by tubomim | 2006-07-18 07:04 | 2005年
大学教師の定年生活1(中国大学退休老师的生活1)
  中国に行ったことがある日本の方に中国の印象を言わせると多く人は朝の公園や空き地、夕方の街頭や広場で太極拳及びダンス等を一緒に練習している年寄りの姿を取り上げてくる。 この中国の特色が溢れている景観は数多くの日本人を好奇、羨望そして魅了させた。
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                       寒中水泳 
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                        自慢足

 さらに近い距離で中国の高齢者の娯楽生活に接触するため、去年の夏私は父の学校の定年になった先生たちの生活ぶりについて取材することができた。
 この日ちょうど先生たちの合唱団の練習日に重なり、学校に入って、歌声に惹かれて、講堂まで導かれた。講堂はもともと会議を開くところであるが、しかし私はここで会議では絶対に見たことのない真剣な場面をのぞくことができた。前に大事に飾っている136チームが参加した北京市高齢者合唱団の3等賞のカップは先生たちのこの真剣の成果を証明している。
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                       真剣そのもの
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                   加えた席の加えた努力
  去过中国的日本人谈到对中国的印象时,往往会提到在清晨的公园空地,傍晚的街头广场所看到的老年人在一起打拳、跳舞的情形。这一充满中国特色的景观,让日本客人充满了好奇、羡慕与遐想。
  
  为了近距离接触和深入了解中国老年人的文化生活,去年夏天我有幸对爸爸所在学校的退休老师的生活进行了了解。这一天是学校老年人合唱团练歌的日子,寻着歌声我来到学校的礼堂。礼堂本是开会的地方,可我在这里却看到了开会时难以见到的投入情景。有投入才有收获,摆在前面那尊有136支队伍参加的北京市老年人合唱团大赛三等奖杯为他们作证。

  去過中國的日本人談到對中國的印象時,往往會提到在清晨的公園空地,傍晚的街頭廣場所看到的老年人在一起打拳、跳舞的情形。這一充滿中國特色的景觀,讓日本客人充滿了好奇、羡慕與遐想。
  為了近距離接觸和深入瞭解中國老年人的文化生活,去年夏天我有幸對爸爸所在學校的退休老師的生活進行了瞭解。這一天是學校老年人合唱團練歌的日子,尋著歌聲我來到學校的禮堂。禮堂本是開會的地方,可我在這裏卻看到了開會時難以見到的投入情景。有投入才有收穫,擺在前面那尊有136支隊伍參加的北京市老年人合唱團大賽三等獎盃為他們作證。
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by tubomim | 2006-07-16 11:08 | 2005年
夏のワルツ(夏日圆舞曲)
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                   夏日圓舞曲
          楚楚纖腰掌上輕,紅衣綠羽兩分明。
          與卿共舞銷魂曲,難解炎炎夏日情。


なんとxiaohouzi1124さんはこの写真のために素敵な詩を作ってくださいました!誠にありがとうございました!
谢谢xiaohouzi1124先生特意为这张照片作诗一首!
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by tubomim | 2006-07-15 00:16 | 2006年