在日中国人女性の随筆  
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小静(上)
日本語は後で
这是两年前的中秋节那天写的,趁今天中秋节之际把它写完吧。
今天中秋给北京的家里打电话问候,妈妈高兴地告诉我“你猜谁来了?小静来了!”小静是我在1992年通过“希望工程”结识的一位农村姑娘。

那年某日,我偶尔在《人民日报 海外版》看到了“希望工程”的消息。当时捐助5000日元(或200人民币)就可以帮助一个农村失学的孩子去读小学。于是我与大象、弟弟、友人田中夫妇、小林、小张一起共捐助了6位失学儿童,手续是让在北京的妈妈代我们去办理的。

由于是我牵头总得对大家有个交代,于是数月后又让妈妈蹬车去打听捐款的具体去向。不久大家陆续收到了几个孩子的来信还有成绩单,唯独我的那份没有下落。
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我亲爱的老妈又再次蹬车去查询,终于查个水落石出。原来那份捐款,捐进了村庄却没捐到个人。经老妈一査,浮出个小静,此时已经是个12岁的半大姑娘,却还没有进过学堂。就这样小静终于背上书包第一次走进了小学,读了2年小学又进了中学。由于基础有限,高中是说什么也进不去了。

要说到此我的“希望工程”该结束了,可是我希望她能自食其力,在家乡找到一份事做。于是先打听一下她的家乡都生产什么吧,我写信问道“你们哪里有什么?”记得她歪歪扭扭地写道“有土”“土里种什么?”“种什么都不长”。没有去过农村的我琢磨“有土,就总得有路吧,有路就总得有车吧。就让她学个修车的手艺在路边修车吧,即使是修理自行车也总算有个自己的饭碗呀。”于是,我又给她寄去800人民币,想像着小静将来蹲在“什么都不长”的乡间小路旁修车的情形。

然而,小静可不像我这么土帽儿,人家怀揣着800人民币到北京上了美容学校。这是因为那几年当中我北京的老妈不仅帮她学习与生活,还接她与她父亲第一次来到了北京。妈妈说“别提了,小静没坐过车一路晕车,带她故宫博物院、少年科技馆,到哪儿都晕得没看成。”可是人家却看清并记住了我家附近有所美容学校。

就这样,自从这次进过一次京城,小静的爸爸就开始在京打工,不久她妈妈也来京当了保姆。小静美容学校毕业后在东城的发廊找到了工作,不久能干的小静就承包了这家发廊当起了老板。据说家乡的弟妹也不再像她个个都进了学堂。  (待続)
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by tubomim | 2010-09-22 23:00 | 2008年
けんかするほど仲がいい(不打不成交)
「一博一品(2008)」30名の作者の最年長者は当時79歳の福田さんであった。福田さんはブログを持っていないのでその文章をここで紹介させていただきます。
《一博一品(2008)》30名作者中年纪最大的是当时79岁的福田先生,因为他没有博客,所以将他的文章在这里介绍一下。

福田さんと出会ったのは1987年日本、中国、ネパール連合登山(エベレスト)の打ち合わせの時であった。その後、福田さんは中国へ旅に行くたびに日本留学を希望していた中国の若者を日本に呼んできた。合わせて30名の留学生の面倒を見てきた。留学だけではなく、それぞれの就職、転職、結婚、離婚、出産、その子供たちの面倒までも。。。。。。今この30名の元留学生は日本と中国でそれぞれ活躍している。すでに80歳になった福田さんはこの5月、また中国へ旅に出かける。相変わらず総隊長として、相変わらず徒歩で、相変わらずとても元気である。
与福田先生认识是在1987年中国、日本、尼泊尔三国联合攀登珠穆朗玛峰的会谈之际。此后,他每次去中国旅行都会办来希望到日本留学的中国青年,一共30名。不仅照顾他们留学,还有就职、转职、结婚、离婚、乃至他们的下一代。。。。。。现在这30名原来的留学生都活跃在中国与日本各地。已经80岁的福田先生这个5月又要去中国旅行了,依旧是总队长,依旧是徒步之旅,依旧身体硬朗。

                 福田さんの自己紹介
福田、男性。79歳。出身地:神戸 現住地:神戸

本格的な登山を中学1年生から始める。
1959年神戸大学欧州親善学術旅行隊隊長として日本製スクーターでヨーロッパ一周。
1986年神戸大学西蔵学術登山隊事務局長。未踏峰のクーラカンリ初登頂。
1990年~2000年世界文化遺産万里長城学術踏査隊隊長(玉門関~山海関6000km)。
2006年昆明~横断山脈(4000~5000m)を登山、ラサに至り、チョモランマの大本営へ。
                   福田的自我介绍
福田,男,79岁。出生地:神户 居住地:神户

从中学1年级开始正式登山。
1959年作为神户大学欧洲亲善学术旅行队的队长, 驾驶日本产轻型摩托车巡访欧洲各地。
1986年任神户大学西藏学术登山队事务局长。首次成功攀登处女峰库拉岗日峰。
1990年~2000年任万里长城学术徒步考察队队长(玉门关~山海关全程6000km)。
2006年攀登昆明~横断山脉(4000~5000m), 到达拉萨,并前往珠穆朗玛大本营。


                   福田さんの文章
                   福田先生的文章

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by tubomim | 2009-04-16 11:10 | 2008年
北京空港第3ターミナルシャトル(北京机场第3航站楼机场快线)
  
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          happy 牛 year
昨日北京から戻ってきました。 北京空港第3ターミナルシャトルを再度利用し、この長さ、この広しに再度感心しました。前回撮影したものをUP致します。
車両の先頭に乗った。発車合図と同時にカメラのシャッターを切った。建物がレンズの両側からどんどん後ろへと下がって行き、気持ちがとてもよかった。手振れしないように両足に力を入れて踏ん張って、片手(片手の荷物)でしっかりカメラを持って、がんばっている私。
一进车厢就立在车头,听到发车的信号就按下了快门。建筑物从镜头的两边不断地向后掠去,很是惬意。为了防止手颤,两只腿使劲地撑着,一只手(另一只手提着行李)拼命地举着,在那里叫劲的就是我。

先が見えるけど、先の先にまた先がある。何時つくの、どこまでいくの、乗ったのは確かに空港内のシャトルで、都内の電車ではないよね。まだか、まだか。必死にカメラを持っている私。もうすこし、もうすこし。やめて。あ、あかん。せっかくここまで撮影したんやから~。ひたすら終点まで片手でシャッターを押したまま、 北京空港第3ターミナル シャトルの全行程を撮影した馬鹿な私だった。途中一回だけぶれたがあれは手振れではなく車振れであった。YouTubeで調べたらこんな馬鹿なことをしたのは私だけじゃん。ああ~疲れた。
看见前方了,可是前方的前方还有前方。还没到吗?要开到哪里去呢?我搭乘的的确是机场内的快线,而不是市内电车呦。还没到?还没到吗?我使劲把住我的相机。挺住,挺住,中途停机,不可,万万不可,好不容易都拍到这里了呀~就这样,我一直用一只手按着快门,冒着傻气坚持到了终点,拍摄了北京机场第3航站楼快线的全部行程。途中有一次颤抖,那可不是手颤,是车颤。在YouTube检索了一下,这样的傻瓜好像只有我这一个。啊~好累呀~
2008年11月21日撮影。



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by tubomim | 2009-01-08 07:45 | 2008年
民族舞踊(紫竹院公園)
夏休みに北京へ帰ったときに家族全員で市内の紫竹院公園へ遊びに行った。東門から入って行くと下の風景が目に映ってきた。中国の公園で太極拳や社交ダンスをしたりするのは珍しくない。しかし彼女たちの踊りはなぜか特別に美しい。じっと見ているうちに私も痺れが切らしそうになった瞬間もあった。この踊りだけではなく、彼女たちがお互いに切磋琢磨し、共に楽しむ雰囲気もとても美しく感じられた。
暑假回北京的时候,一家人到紫竹院公园去玩,一进东门就看到了下面的情形。在中国的公园打太极拳、跳社交舞的并不少见。但是,她们跳得特别好看,看着看着,我都几次忍不住要跟着跳了。不光是舞蹈,她们相互切磋琢磨,共享快乐的气氛也让人看着很美。

秋、仕事でともに来日した中国の女性は柔らかい「練舞シューズ」を買いたいと言った。バレーでも練習でもしているのかなと思ったら「違うよ、最近中国で健康のための民族舞踊がはやっているの」と言われた。あっ!分かった!あの美しい踊りは民族舞踊なのだと納得した。
秋天,工作中陪同的一位来日访问的中国女性说想买一双软一点的“练舞鞋” 我以为是练芭蕾舞呢,“不~是,国内现在流行跳健身民族舞呢”啊!明白来!那个美丽的舞蹈原来是民族舞蹈呀。
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昨日時間があったので、この写真と下記の動画をUPしてみました。参考までに,説明も少し加えたかったのでネットで検索したらなんと動画の真ん中に写っているきれいな女性についての記事(中国語)がありました。
昨天有时间,就把这照片及下面的录像贴上来了。为了参考,还想加点说明,就在互联网上检索,没想到竟然发现了关于录像中这个漂亮女性的博文

簡単に訳すと
彼女は「王暁静」さんで、定年した後夫婦ともども洛陽から北京の娘夫婦のもとに移住してきた。もともと研究所の組合の幹部であった王さんは60を過ぎたといっても心身とも元気だった。「独楽々より衆楽々」を信じている彼女は社会のため、他人のために何かやりたかった。そこで見つけたのは彼女と同じく定年になった人々の寂しさを紛らわし、健康維持にも役立つ、彼女が好きだった民族舞踊であった。公園の協力も受けて、彼女はボランティアでここに集まる中高年の皆さんに民族舞踊を教えることになった。メンバーがどんどん増えてきて、一年あまりで20曲以上も教え、国内の中高年の人々による踊りのショーにも何回か出た。美しい踊りも好きだが、ここの楽しいコミュニケーションの雰囲気もとても人気があるようだ。
简单翻译一下
她叫“王晓静”退休后夫妇从洛阳移居到北京与女儿夫妇同住。原来就是研究所工会干部的王老师虽然年过60,但依旧身心健康。相信“独乐乐不如众乐乐”的她愿意为社会、为他人作点事。于是她想到消除与自己一样退休后人们的寂寞、有利于健康、又能发挥自己特长的民族舞蹈。参加的人越来越多,一年多里她就教给大家20多曲,还去参加了多次国内的中老年舞蹈比赛。大家喜欢这美丽的舞蹈,这里愉快的交流气氛也同样吸引众多的人们。

ちなみに来年1月1日から65歳以上の北京市民は市内の公園への入場料とバスの運賃はすべて無料になる。
顺便介绍,明年1月1日起,北京市65以上老人,乘市交和进公园都免票。



民族舞踊の動画



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by tubomim | 2008-12-18 20:02 | 2008年
矢はまた放たれた(箭又飞了)
我が家の矢はまた放たれた。つい先ほど放たれた。野球好き、鉄道好きの2人の仲間と一緒に家を出た。
我家的箭又飞了,就在刚才飞走的。与同样喜欢棒球也喜欢电车的2个小伙伴一起走了。

学校の試験も終わり、今夜24:30出発の夜行快速電車(寝台車ではなく座席車)で関西、北陸へ。二泊二日(珍、普通二泊三日)の電車の旅で、乗り換え以外はほとんど電車の中。まさしく珍道中。
学校的考试刚好结束,他们搭乘今晚24:30发车的夜行快速电车(不是卧铺,是坐席)前往关西、北陆方面去了。2天2宿(稀有,通常是3天2宿)的电车旅行,除了换车基本都在电车里。真可谓“稀有之旅”。

大分前から企画していたもので、いろいろ準備していたにもかかわらず、私はうるさく言い付けていた。お父さんは一語だけ、「小象!大事なのは何?」「安全~」はい、出発!
青春18きっぷで14歳の3人は旅に出かけた。
虽然这是早就开始企画的旅行,也作了各种准备。尽管这样我还是在罗哩罗嗦地叮嘱着。老爸只问了一句“小象!最重要的是什么?” “安全~”好喽,出发!
就这样3个14岁的少年手持“青春18的便宜套票”就上路了。
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時刻表も破れるほど調べた。安くて、最大限楽しめるコースを企画したようだ(例えば東京から大垣まで310円の列車を使うなど)。
时刻表都翻查得快破了,据说是企画了一个即便宜,又可以最大限度享受的电车之旅(比如,从东京到大垣将近7个小时的旅程,车费只要310日圆等)
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放たれた矢が置いていってくれた日程表を確認しながら、「もう発車したのかな」「今どこに着いたのかな」と親心はなかなか離れなかった。
看着飞出去的箭给我们留下的日程表,“发车了吗?” “现在到哪里了?”倒是我的这颗当妈的心放不下了。

私にも14歳があった。同じく友達と一緒に出かけた。大雪の翌日、靴の下に竹の板を付けて、北京市内から当時郊外だった円明園まで滑っていった。電車ではないけど同じくすごく興奮していた。
我也有过14岁的时候,也是和朋友们出去玩了。大雪的第2天,我们几个人鞋底下拴上竹板子,从北京市内一直出溜到当时算在郊外的圆明园。虽然不是电车,但也是特别兴奋。

誰だって昔の楽しい思い出があるでしょう(福岡で購入したお気に入りの葉書)
谁都会有往日的快乐回忆(我喜欢的一组明信片,购于福冈)

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by tubomim | 2008-12-14 23:28 | 2008年
夢③(梦想③)
1月3日に北京で『東瀛手記』についての契約を結び、その後日本に戻って早速原稿の準備に取り掛かった。1月16日ブロ友が私をお茶に誘った。その中でsharonさんが「私たち一緒に本を出しませんか。人を感動させるような文章を書く人もたくさんいるんですから。相互理解も深まりますし…」 私と同じ夢を抱いている人が他にもいたとは… でも私はつい先日…
1月3日在北京与出版社签约了那本《东瀛手记》后,回到日本就抓紧时间准备稿件。1月16日博友约我去喝茶,其间sharon小姐说道 “哎,咱们几个博友一起出本书吧,有很多人都写得很感人呢,这样也能促进相互了解。”啊,没想到也有和我拥有一样梦想的人,可我刚......

私の夢はようやく託するところを見つけたが、皆さんの夢は…そこでその場で数名のブロ友に電話をかけ、また関係先の機関に問い合わせもした。その後、どうせならば他に同じ夢を抱いているブロ友がいないかとネット上でも聞いてみた、。思いがけないことにこの日から、この「想定外」の夢が私たちの2008年を貫き通した。私個人の小さな夢に比べて、この皆さんの大きな夢に私は精一杯打ち込んだ。
我的梦想刚有了寄托,大伙的梦想......于是,当场给几位博友打电话,又向有关部门进行咨询。后来干脆网上征求一下,还有哪几位与我们拥有同样梦想。没想到从这天起,这个想定外的梦想就一直贯穿在我们的 2008年。与我个人的那个小梦相比,这个集体的大梦让我投入了更多。

2月17日の新宿会議の後、私たちの行動が始まった。ネット上で知り合った多くのブロ友が一つの夢を共に実現させるには数多くの困難があることがいうまでもない。だが、私たちはあきらめなかった!まだ「好事魔多し」中である。しかし、確かに、一歩ずつ着々と「夢が形に」近づいている。
2月17日新宿会议后,我们就开始行动。网络上结识的众多博友共同来实现一个梦想,其中的困难可想而知。但,我们没有放弃!虽说目前还在“好事多磨”之中,但一步步走近“梦想成真”。

実は「夢が形に」なって収穫したのは有形のものだけではなく、それよりもあの無形の勇気と自信こそが大きな収穫だったのである。
其实,梦想成真收获的不仅是有形的物,更是那无形的勇气与自信。
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by tubomim | 2008-12-12 06:23 | 2008年
夢②(梦想②)
数年前にテレビで見た、自分の夢を一つずつ実現させた、とある女性社長の言葉がずっと頭に残っている。「夢を実現させるコツは自分の夢に期限をつけること。」つまりたらたらしない行動力を強調したのよね。社長ではなく私たち普通の人でも、誰だって小さいかも知れないが夢を持っている。ブロ友の記事を拝見して感心することも時々ある。
几年前,电视里播放的一位不断实现自己梦想的女社长的话,一直留在我的记忆中,“实现梦想的秘诀,就是给自己的梦想设个期限。”我理解这就是强调不要拖拖拉拉,要付之于行动吧。虽然不是社长,但我们这样的普通人,谁也都会有过小小的梦想。拜读博友的博文,有时真的很有感触。

たとえばchenxiさん、花火大会の時に自分で着付けた浴衣で行きたい。すると本を買って、鏡に向かって繰り返し練習した。結果として、花火大会の時に彼女はちゃんと自分で着付けてきた!まるで日本のお嬢さんみたい!そして他人のために着付けもした。同じ時期に私も同じ夢を見た。練習もした。うまく行かなくて参加者のメンバーに「大変ですから、やめましょうか」とも相談した。そのときにchenxiさんが言った言葉を今でも覚えている。「とりあえず私は自分で着付けて行く!」結果としてああだこうだした私は今でもできないまま、しかしchenxiさんにとってはすでに楽しい思い出になった。
比如chenxi小姐,焰火大会那天,想自己穿好和服去。于是她就去买了书,对着镜子反复练习。结果,焰火大会那天,她就真的把自己打扮得和日本姑娘一样来了!而且还有本事邦助别人把和服穿好。同一时间内,我也有过同样的梦想,我也练习了,练不好的时候也与要去的朋友们商量过,“太麻烦了,算了吧?”chenxi小姐当时的话,我至今还记得“不管你们,反正我自己穿好去!”结果,强调这个那个的我至今自己还是穿不上,而人家chenxi小姐已经收获了一个美好的回忆

またWHYさん、5月に会ったときに中国語教室を開きたいという話があった。そして有言実行、6月になんと「ネットワ~クワク中文塾」が堂々と登場していた。そして授業風景なども着々と記録されている。実は数年前に私もWHYさんと同じ夢を見たことがある。WHYさんと一緒に議論したこともある。結果として私の夢は夢のまま、WHYさんの夢は形になった!WHYさんの記事の最後に「いつか夢を形にした時の達成感をともに分かち合ってくれる方を募集します。」と書いてあるが、年末年始においてこの「夢を形に」を特筆したい。小さな夢でもいいから。
还有咱们WHY小姐,5月见面时听说想开个中文教室,说到做到,6月人家的“网乐中文塾”就堂堂登场了。而且还把授课情形都每每认真地记录下来。其实,几年前我也有过与WHY小姐一样的梦想,我还与她一起议论过。结果,我的梦想还只是个梦想,而她已经将梦想变成了现实!WHY小姐在文章的最后是这样写的“当有一天梦想成真时,愿你能成为与我共享成功快乐的伙伴。” 在这辞旧迎新的时节,我特想重(zhong)笔重(chong)描这个“梦想成真”,哪怕是一个小小的梦想。
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by tubomim | 2008-12-08 09:48 | 2008年
夢①(梦想①)
f0056261_13352625.jpg今年のカレンダーもあと1ページだけ。町もクリスマス気分に染まり、まもなく2009年はサンタについて来る。2008年のお正月を私は北京の実家で過ごした。
今年的月历也翻到了最后的一页。街头也沉浸在一片圣诞气氛之中,过不了几天2009年就将随同着圣诞老人来临。2008年的元旦我是在北京的娘家度过的。

ソファーで横になって本を読んでいる私と机の前でパソコンに向かっている父との間に親子の会話が交わされた。いつもと同じく、日本での生活や仕事などについて聞かれ、もちろん今後の予定についても触れていた。「できれば本を一冊出してみたいな」と言ったら、父は手元のキーボートを置いてこっちに向かってきた。「この話、数年前にも聞いたことがあるね。」
躺在沙发上看书的我与坐在桌前敲打计算机的父亲随便的聊着。内容和每次一样,无非是问问我在日本的生活与工作,当然也会聊到今后的打算。“可能的话,我想出一本书。” 说到这里爸爸放下手中的键盘转过来了“这话,几年前我好像就听过呀。”。

確かに私は前から自分の本を出したいという夢を持っていた。そしてこの夢を実現させるためにかつて動いたこともある。が、素人の私には出版というものが難しすぎて、戸惑っている間に夢がどこかへしぼんで行った。しかし諦めたわけでもない、今みたいに余裕がある時にこの夢はまた膨らんでくる。
的确,很早以前我就有一个想出一本自己的书的梦想,而且为了实现这个梦想我也确实活动过。但是,出版这件事,对于外行的我来说实在是太难了。踌躇之间那个梦想就不知萎缩到哪里去了,可是也没有放弃,因为像现在这样悠闲的时候,那个梦想又会膨胀出来。

「ただ夢を見たかったら今のままでいい。しかし夢の本は天井から落っこちて来ないよ。具体的にどこに困難があった?その困難はどうしても越えられなかった?本当に越えることができなかったら諦めて別の夢を見ればいい。人間は進歩しなくちゃ。さもなければ来年またここで横になって同じ夢を見るかもよ。」
“如果只是做做梦,你就像现在这样也可以,但是梦想的书可是不会从天上掉下来的。具体哪里遇到了困难?这个困难是不是无论如何也克服不了了?如果真的过不去了,那就放弃,去梦想点别的也可以。人必须得进步,不然明年这会儿你也许还会躺在这里作同样的梦呦。”

私は起きた。北京滞在はあと三日、この三日間を利用して本格的にぶつかってみたい。着替えて出かけようとしている私に「目標は本を出すこと。ああだこうだ言わずになんとかして本を出せばいい。」と70才も過ぎた父に後ろからさらに言い付けられた。
我翻身起来了。在北京我还有3天,我要用这3天出去真的闯一闯。换好衣服正准备出门,只听70多岁的父亲在后面叮嘱我“你的目的是出书,不要强调这个那个的,想办法把书出来就可以。”

家から出て、私は有名な王府井書店に向かった。この大きな建物の中、本の海だけではなく人の海でもあり、床に座って本を読む人もずいぶんいる。本の海に囲まれた私はこんなたくさんの本を出しているなら、この中に自分の一冊があってもいいじゃないかと一瞬思った。しかし私のあのなかなか一冊にならなかった苦労を考えると、私は初めてここで並んでいる一冊一冊の本の奥にある作者の努力の姿が見えてきた。有名人にも絶対に無名な時代があると思った。ほかにもまだ本にならなかった私の夢のようなものが回りにいっぱい浮かんでいるように見えた。
出了家,我就奔那有名的王府井书店去了。这里不仅书多,人也多,有很多人就坐在地上看书。看看周围上上下下这么多的书,我突然想,这么多的书里,怎么就不能有我的一本呢?但是想想我那总是成不了一本书的辛苦,我第一次看到了每本书后面作者努力的身影,我想就是有名人他也一定有过无名的时代。此外,我仿佛还看到了很多尚未变成书的和我一样的梦想在这里萦绕。

日本と関連のある本は店頭に並んでいる。昔の《菊と日本刀》、また最近日本を訪問した有名キャスターが書いた《白岩松が見た日本》があった。あれだって日本を数日訪問した感想だけじゃないか。私はこの出版社に電話をした。「私は日本に長くもぐっているもので、岩松よりじっくり見ているかも…」とこのように本の出版社を探りながら一社一社に電話をし続けた。インターネットや友人関係などを生かして目標に向かって努力した。1月3日、ついにこの中の一社と話が付いた。
书店门口摆着与日本有关的书。很早以前的《菊花与刀》、还有前一段访问过日本的名主持人写的《岩松看日本》。那不过就是访问了日本几天的感受吧,于是,我就给这个出版社打了电话“我在日本沉底很久,也许比岩松了解的深入一点......”就这样,我一家一家地打电话,寻找着能为我出书的出版社。网络、朋友能利用的都调动起来,奔着我的目标努劲。1月3日,终于与其中的一家签约了。
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夏休み、私はやっとここで私のあの一冊を購入することができた。
暑假,我终于在这里买到了属于我的那一本。

7月に、念願の、自分にとって初めての本ができた。まだいろいろと気にいらないところもあるが、夢は現実になった。出版した喜びより常に気になっていたことに決着が付いた爽快さの方が大きい。父のお陰で 2009年には私はもう同じ夢を見なくていい。一歩進んで新しい夢を見ることができる。夢が父に励まされながら現実になった。しかし夢自体は皆さんに励まされながら見てきた。ここで今まで暖かく励ましてくださった皆さまに本当に心から感謝する。
7月,我的第一本书终于出来了。虽然还有很多不满意的地方,但是梦想变成现实了。与出版带来的喜悦相比,了却了一件常年的心事,更让我感到格外的爽快。多亏爸爸,2009年我就不用再做这个梦了,可以往前走一步,做新的梦了。那个梦想在爸爸的鼓励下变成现实了。但这个梦想本身是受到大家的鼓励才开始做的,所以在这里对热情鼓励我的各位表示衷心的感谢!
   《東瀛手記》
167ページ、68篇構成。1/4はブログ上で未発表のもので、残りは発表したままかさらに内容を加えたものである。ほとんどのものが一篇1000字未満で、中国語だけになっている。日中相互理解に少しでも貢献できれば本当に嬉しい。これも私の夢である。
ちなみに日本からの購入ですが、Shiraさんの記事にご紹介があります。 私の手元にも北京で購入したものが少しあるので、ご希望の方にはご連絡いただければ、1000円(送料込み)でお送りいたします。



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by tubomim | 2008-12-03 22:57 | 2008年
この日曜日(这个星期天)
家の近くには銀杏並木があり、毎年このシーズンになると実にきれい。葉っぱが黄色になりかけた頃から私と私のカメラは地面いっぱいに落ちてくる黄金色の落ち葉を待ちに待った。しかし、きれい好きな住民は落ちた分を一つも漏れすことなく丁寧に清掃した。この日曜日、黄金色の葉っぱがようやくパラパラと落ちてきたが、勤勉な住民たちも続々と出動した。もちろん私もこの中の一人である。仕方がなく皆さんと一緒に櫛で梳くように周辺の道路を清掃した。あの黄金色の落ち葉はゴミ袋に入れられ、大きなトラックで運ばれていった。
我家附近道路两旁有很多银杏树,每年这个季节实在是漂亮。从树叶开始变黄,我和我的相机就期盼着那满地的金黄落叶。可是喜欢干净的居民们,落几个她就勤快地扫走几个。这个星期天,金黄的叶子好不容易纷纷飘落下来了,勤快的居民们也都个个出动了。当然我也是其中的一分子,不情愿地与大伙一起,把整个街道像篦头发似的清扫了一遍。那金黄的落叶被装进了塑料口袋,让大卡车拉走了。
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清掃が終わって、家族全員でカメラを持って車で出かけた。街道を沿って黄金色の落ち葉を求めて走った。ところが走っているうちに前方に生田緑地が現れ、紅葉が陽射しにより金光を輝かせていたことに気が付いた。そこで一行はここで私のあの小さな遺憾を大きく補うことにした。
清扫完毕,全家带着相机开着车,沿街去找金黄落叶了。结果,走着走着看到前方生田绿地的红叶被太阳照射得闪着金光,我们就在这里大大地弥补了一下我的那个小小的遗憾。

昨晩、三人ともそれぞれ自分が撮影した写真を整理した。小象が撮影した写真は何時ごろからか彼のお母さんに似てきたことに気が付いた。しかもお母さんと比べ小象の方は機械を弄くるのが得意、お母さんはただ見ていいと思ってシャッターを切るだけである。参照∶小象が撮影した民家園紅葉
昨晚,3人整理各自拍摄的照片。我突然发现小象拍摄的照片什么时候开始有点像他妈妈了,而且比他妈妈会咕捣那些机械的部分,他妈妈只会看好了就按。参照∶小象拍照的民家园红叶
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あの親子はテーブルの向こうで写真につき俳句を推敲している。私はこちらで写真を加工している。私はこのような日曜日が好き。しかし滅多にないものである。なので私はこの日曜日を自分のブログに引き止めることにした。
他们两人在桌子那边为照片推敲排句,我在这边加工照片。我喜欢这样的星期天,但是并不多见。我把她挽留在自己的博客里。

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by tubomim | 2008-12-01 21:45 | 2008年
竹馬と紅葉(踩高跷赏红叶)
日曜日家族で紅葉狩りに出かけました。ここで......
星期天,一家人出门去欣赏红叶,在这里......
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何でそこに......
为什么在那里......
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写真を撮っていい?パッチリ!
拍个照可以吗?太棒了!
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僕も
我也
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行くよ~
走喽~
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よいしょ、
嗨哟、
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よいしょ
嗨哟
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さすがに足が長い、ついて行くのは無理。
到底是腿长,我可跟不上了。
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しかし、さっき私が通ったそこは心配だよ、はは~達人にとっては余計だよね。
但是,我担心刚才我走过来的那个地方,哈哈~高人自有高招。

ここまで書いたら思わず上海で出会ったあの達人を思い出した。
写到这里不由得想起了在上海遇到的那个高人
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by tubomim | 2008-12-01 03:06 | 2008年